ザ・談会―今だからこそ、オープンインターネットが世界を盛り上げる
縁側は、平安時代より伝わる日本家屋における伝統的な場として存在する。内でもなければ外でもない。そんな独特な空間は、古より人々の社交の場である。
事情や立場が様々な老若男女が集い、縦と横に交わる柔らかな空気を身にまとう。同じ空気のなかにいることで芽生えるある種の一体感は、建設的な議論をざっくばらんに交わすには、うってつけの場である。
「縁側に夏座布団をすすめけり」(杉田久女)
ところで話は変わるが、アドテク業界は、オープンインターネットのエコシステムにおいて育まれ、成長を果たしてきた。デジタル広告市場は成熟期にあるが、来年本格化する3rd party cookieの制限、コネクティッドテレビの急成長がプログラマティック広告費の拡大を牽引するなど、デジタル広告を取り巻く環境は世界的に変化の時を迎えている。
このような環境下でオープンインターネットは果たして今後、どのような方向に向かうべきであるのか、そして今事業者は何をすべきであるのか。
今夏の連日、容赦なく降り注ぐ殺人的な日差しも幾分和らいだかに感じられるお盆の最中、アドテク業界のデマンド側、そしてサプライ側を代表し、この業界のご意見番の方々に、現在の国内外を取り巻くプログラマティックの最新動向や、オープンインターネットがエコシステムの中でどのように勝ち抜いていくべきかなどについて、対談をしていただいた。
対談者
香川 晴代氏
Index Exchange 日本担当 マネージングディレクター
2000年よりデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)国際事業部、オーバーチュア(現・ヤフージャパン)、アマゾン・ジャパンにて、日本での広告事業立ち上げに関わり、広告営業、事業開発部門の管理職を歴任。フェイスブック・ジャパンにて執行役員、動画アドテクノロジーのアンルーリーにてカントリーマネジャーとして勤務の後、2019年12月より現職。
山田 翔氏
UNICORN株式会社 代表取締役社長 / 株式会社アドウェイズ 代表取締役社長
2007年にUNICORNの親会社に当たるアドウェイズに新卒入社。新規メディアの立ち上げや既存事業の改善・成長に貢献した後、2010年11月に広告配信サービス 「AppDriver」をはじめ、スマートフォンアプリ向け効果測定システムなど複数の新規事業を立ち上げる。2013年、Bulbit株式会社(現在のUNICORN株式会社)を設立。2021年にはアドウェイズ代表取締役にも就任する。
モデレーター
池田 寛氏
株式会社Leave it to me 代表取締役 / Pivot株式会社 取締役
KDDIを経て、Supershipアドプラットフォーム事業領域にて執行役員として勤務後、2022年より現職。現職では海外のアドテク、マーケテック関連のソリューション企業の日本進出を支援。
滞在時間6割、広告予算は2割のオープンインターネット
池田氏:はい。というわけで、第二回目となるExchangeWireJapanの“ザ・談会”。今回のテーマは、オープンインターネットの現状と今後についてです。
まずは、オープンインターネットの置かれている現状について議論していただきましょう。あらかじめ、ここでお聞きする「オープンインターネット」の定義を整理しておきましょう。
Googleやヤフーは、いわゆるウォールドガーデンに定義されますが、一方で、GoogleAdsやYDAは、配信先にオープンインターネットを含んだアドネットワークです。
ここでは、このようなケースは除外し、皆さんのように、ウォールドガーデン系プラットフォームと資本関係がない、事業者の総称を「オープンインターネット」と定義することにします。
TheTradeDeskの調査結果によると、生活者がインターネット上に滞在する時間の6割以上が、オープンインターネットであるとのことです。それにもかかわらず、デジタル広告費の8割がウォールドガーデンに支払われています。お二人の感覚としては、いかがでしょうか?
山田氏:そうですね。、池田さんが紹介された調査結果に近いと感じています。ウォールドガーデンが8割から9割、残り1割から2割がオープンインターネットかなと。
池田氏:ちなみにその割合は、過去と比較するとどうなのでしょうか?
山田氏:今の状況になったのは、スマートフォンの普及以降です。それまでいわゆるガラケーの時代は、広告予算の大半を国内の広告プラットフォームに投資をするというのが当たり前でした。
その後スマートフォンが普及して、YouTubeやTwitter、Facebookのユーザーが増えていく流れで、広告予算もこれらのプラットフォームに流れていき、ウォールドガーデンに広告予算を投資することが増えていったのです。
池田氏:いきなりガラケー時代の話からくるのですね。その時代もある意味ウォールドガーデンでしたよ(笑)。そうすると、スマホが普及して10年以上が経過している今は、オープンインターネットへの広告予算が減っているということですね?
山田氏:ブランド広告主に関しては、その限りではありません。今、ウォールドガーデンのプラットフォームに広告予算が偏りすぎではないかというような議論が、グローバル企業の間で行われています。
そこで、国内でも外資系企業はもとより、日系のブランド広告主からも「オープンインターネットでは何が出来るのか」というような議論が、ここ2-3年で増えてきました。
池田氏:「ブランド」に絞ったのが若干気になりますが(笑)、いいでしょう、先に進めましょう。
ウォールドガーデンを後押しする日本市場で、DSP、SSPのチャンスとは
池田氏:グローバルのプラットフォームを日本で展開されている香川さんは、グローバルと日本との感覚の違い、ギャップを教えて下さい。
香川氏:日本の広告主は、よりパフォーマンス重視であるという傾向が見られます。したがって、デジタル広告予算の大半がパフォーマンスを目的としたキャンペーンで使われています。CPAやCPIなどの一つのKPIをもって全てを測るというのが日本の広告主の傾向です。
一方欧米では、大前提として、広告主、エージェンシーがサプライパスの透明性や説明責任を引き続き重視していることから、オープンウェブへの予算投資がより積極的です。ブランディングを目的に広告予算が多く割かれています。また、MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)分析の結果に従って、予算配分をするということも浸透しており、しっかりとオープンウェブにも予算が投じられています。
最近の動きとしては屋外広告への出稿を止め、代わりに、DSPに出稿するグローバルブランドの広告主は増えたという印象があります。このような動きは、コロナ禍の市況の変化がきっかけであるとの理解です。
池田氏:香川さん、MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)分析については、後でジックリ語りましょうね。私もこれからの日本市場でオープンインターネットの鍵を握る可能性があると思っています。
さて、その前にウォールドガーデン中心のデジタル広告市場で生き残るために、お二人はそれぞれの業態で、どのように差別化を図っていますか?
山田氏:僕らが展開しているUNICORNのようなDSPにとって、ウォールドガーデンは、直接広告主の予算の奪い合いをする競合に当たりはするものの、実のところあまり脅威には感じていません。
そもそもユーザーは彼らが提供するプラットフォームを利用する時間もあれば、Webサイトやアプリを利用する時間もあって、それぞれに広くリーチしようとするとウォールドガーデンへの出稿に加え、我々のようなDSPやADNWも併用していく必要があります。また、一部オープンインターネットの領域で彼らと競合することもありますが、対応することが出来るクリエイティブ表現の幅や開発のスピードでは我々に優位性があると感じていて、うまく共存できている感覚があります。
池田氏:DSPとしての、小回りが利くことを優位性にして、ウォールドガーデン系プラットフォームとは差別化することが出来るということですね。
このぐらい強気な事業者は、山田さんのところくらいのような気もしますね。笑
確かにグローバルプレイヤーを見ても、例えばTeadsさんのように、ユニークなポジショニングで取り組まれている企業もいますね。SSPはどうでしょうか。DSPのように、差別化をすることはできるのでしょうか?
香川氏:差別化が進んできていますね。昨今、DSPとSSPとの間で境界が曖昧になりつつあります。SSP事業者がDSPを買収することもありましたし、逆にDSPがSSPを介さずに、ダイレクトパスで媒体から在庫調達をするケースもみられるようになりました。
Index Exchangeの場合は、サプライ側の技術開発に特化することで媒体社の広告事業を支え、また広告主やエージェンシーが求めるサプライパスの透明化を追求し続ける方針です。
池田氏:たしかに、SSPの役割というのは、本来プログラマティックのエコシステムの中においてDSPが必要な情報を上手に、買い付けやすいように料理してからDSPに渡してあげることが求められています。
ここ最近の動きとして、ヘッダービディングを通じてダイレクトパスでDSPが媒体から広告枠を直接買い付けるという動きもみられましたが、最近では改めてSSPを通した取引に戻したという話も聞きます。
クッキーレスは、どう影響する?
池田氏:プライバシー強化の流れを受けて、いよいよChromeブラウザで来年からクッキーが徐々に使えなくなる予定ですが、それによりさらに広告予算がウォールドガーデンに傾いていくことはないのでしょうか。自分がウォールドガーデンだったらテンションが上がりますけど。笑
山田氏:まずパフォーマンスの領域においては、計測やターゲティングに関する昨今の状況を考えると、あまり影響がないと思っています。
一方で、ブランドの領域においては、グローバルの広告主を中心にウォールドガーデンだけに頼りすぎるべきではないという傾向にあると感じています。
もちろん多くのユーザーが時間を費やすウォールドガーデン系の広告プラットフォームも利用すべきですが、オープンインターネットでは何が出来るのかという考えのもと、コンテキストターゲティングや、代替するターゲティングに対する意識が高まってきています。逆にオープンインターネットをもっと活用していこうという方向にエネルギーが働くのではないかという感覚があります。
池田氏:ウォールドガーデンに傾倒していくことがよくないという理由はなぜなのでしょうか?
香川氏:やはり、世界では、サプライパスの透明性や説明責任を広告主が重視しているので、開示性の低いウォールドガーデンに傾倒するのを広告主とエージェンシーは避ける傾向にあります。 日本では、2019年にJAAから発表された「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言」の中でサプライチェーンの透明化、具体的には、デジタル広告において、アドバタイザーのメディア投資に対するメディアの収益は一部に限られており、中間取引の透明性を高め、ステークホルダーへ適切に配分されているか開示されるべきである、と謳われています。
池田氏:日本の広告主は、その点はいかがですか?
山田氏:日本の広告主においてはまだそこまで温度感が高くなってきていないと感じています。ですが、グローバルの広告主の影響を受けて、日本の広告代理店が変わり、それにより日本の広告主においても変わるケースが増えつつあります。
池田氏:広告代理店が、これまで使い慣れてきたウォールドガーデンのプラットフォームをやめて、あえて他を使うモチベーションはどこにあるのでしょうか?広告代理店が、取り扱う媒体を切り替えることの面倒臭さを乗り越えてもらうために、具体的にどのようなことが必要だと思いますか?
山田氏:僕らの場合、クリエイティブの幅を広げるという点に注目して、提案をしてきました。
パフォーマンスの領域においては、僕らのような国内のプラットフォームよりもウォールドガーデンのプラットフォームのほうが効果がいいだろうという印象に当然なりやすいと思います。したがって他のプラットフォームにはできないクリエイティブ表現が出来るということを武器に提案をし、少しずつ試していただきながら表現だけではなく効果も実感してもらい、ここまで規模を拡大してきた、という感じですかね。なので他にはできない新しい何かを武器として磨いていく必要があると思います。
変わりゆく、アドテクエコシステム
池田氏:日本においては広告主と広告代理店との距離がとても近い印象ですが、そんな環境下において、広告事業者(アドテクベンダー)と広告主との距離感は、近づいているのでしょうか。皆さんのような広告事業者のバリューをシッカリと広告主に伝えるには、その距離感はとても重要だと思っています。
山田氏:はい、近づいていると感じていますね。
池田氏:サプライサイドにおいては広告事業者と広告主との距離感は、近づいているのでしょうか?
香川氏:はい。DSPの先にどのような事業者が介在して、メディアに広告配信されているのかということについて、3-4年前の日本では広告主や広告代理店の担当者には理解されていなかったと思います。サプライの重要性が理解されるにつれて、広告主との距離は近づいていると感じます。
外資の広告主には、信頼できるサプライパスを自ら選びたいという明確な意向があります。例えば、グラクソ・スミスクライン社から分離独立したコンシューマーヘルスケアのHaleon(ヘイリオン)社は、日本でもSPOを実施、推進している企業です。パートナーエージェンシーのPublicisと協働し、提供価値の明確なSSPパートナー数社を指定して、ロードマップに則ってSPOを実行しています。
一方で、日本の広告主の場合は、まだこれからという印象です。
池田氏:つまり、まだ距離を感じていると。Index Exchangeは、デマンドサイドとサプライサイドとの垣根がなくなっている中で、どのように自分たちの存在感を出していこうと思っていますか?
香川氏:まずは一番身近なデマンドサイドのパートナーであるDSPから私たちが効率の良いSSPとして選ばれるようになることです。
池田氏:なるほど。わかりやすい。まずはSSPにとって一番近いパートナーであるDSPに選ばれるべきであるということですね。どのように、DSPに対してアピールをしていくのでしょうか?
香川氏: DSPは、SSPパートナーを取捨選択する時代になりました。DSPがSSPに求めるのは効率性。DSPにとって、最適な在庫を送ってくれる最良のサプライパートナーとなるべく、機械学習を駆使する、最速で広告リクエストを届けるといった技術努力を行っています。
山田氏:UNICORNでは、国内海外問わず数多くのSSPと接続と接続させていただいていますが、ヘッダービディングの普及に伴い同一のImpであるにもかかわらず複数のSSPから複数のBidとして送られてくることが極端に増えたため、不必要にBidが重複してしまわないように、SSPごとにどう言うBidを送付していただくのかの調整をし始めているところです。そうした調整を進めていく中で、その調整がどういう意図で、どのようにすべきなのか議論したいと具体的にご相談いただいたのは、Index Exchangeさんが初めてでした。
また、トラフィックをより魅力的な形で広告主に販売していくさいに何をすべきであるかというようなところについて、Index Exchangeさんからご提案をいただき、両者でパッケージを作り広告代理店に提案をするというような取り組みも少しずつ始まってきています。
SSPの立場からここまで踏み込んでアプローチしていただけることはほとんどないのですが、業界全体でこういった動きが広がっていくとセルサイド/バイサイド双方が試行錯誤しながらオープンウェブにおける広告の価値を高めていける気がしますね。
池田氏:なんだかスポンサード記事のようなストーリー展開ですね。。ですがまあいいでしょう。
まさに今だからこそ、SSPはそのような努力をするべきであるし、そういうことをやっているSSPとやっていないSSPとでは差が出てくるでしょう。しかし、Index Exchangeは、そんなに密にDSPと取り組まれているのですね。
香川氏:はい。私たちはDSPに選ばれなくなってしまったらビジネスが成り立たなくなりますから。
池田氏:そうやって、いずれは広告主ともコミュニケーションをとれるようになっていって、いずれはSPOの取り組みにつなげていこうということでしょうか。
ところで、SPOというのは、二つの観点がありますよね。一つは、広告主が透明性やブランドセーフティの観点から、それが担保されたルートで買い付けをするということを決めるためというもの。これが本来のSPOの目的です。そしてもう一つは、1回のビッドリクエストに対して、同じ広告枠のビッドが何十も来てしまっているという無駄を省くためのものですよね。これらの目的のもとで、SPOはより推奨されるべきだと思うのですが。
山田氏:僕らの場合は、できるだけ多くのトラフィックを機械学習に回し配信ロジックを磨き続けていきたいと考えてきました。コストはかなりかかるものの、データが沢山あることにとても大きな価値があると思っていたからです。
ですが、本来は1つのものと識別できる広告枠にもかかわらず複数のSSPと取引することで、1つの広告枠に複数のIDが振られ複数の広告枠として取り扱われてしまうことにより、本来1つの広告枠から発生したコンバージョンが複数の広告枠のコンバージョンに割り当てられ、広告枠によってはコンバージョンが割り当てられず学習にムラが出ると言うことが起こってしまいます。そういった側面からSSPを絞ったり、GPID(Global Placement ID)を推進するSSPに、取引を寄せていくというようなことを考える必要があると思っております。
池田氏:結論、香川さん、日本でSPOは普及していきそうでしょうか?
香川氏:はい。デジタル広告トレンドは世界から日本へと必ず到達します。SPOは、広告主や広告代理店、国内外のDSPにも広がっていくでしょう。
池田氏:なるほど。では、次の話題に行きましょう。
成長領域におけるウォールドガーデンとの攻防を考える
池田氏:最近の成長領域である、OTT・CTVの領域について。特に日本においては、YouTubeや、TVer、ABEMA、Netflixなどの主要大手がほぼ100%に近い在庫を保有しており、ある意味ウォールドガーデン化が進んでいるようにも感じられます。そのような中、この領域に対してどのように向き合っていこうと考えていますか?
山田氏:基本的な流れとしては独占的で大きなトラフィック有するプラットフォームに関しては、自前で(あるいは特定の企業と協力して)広告プラットフォームを構築する、と言うのが一般的かなと思います。このような流れの中ですと我々のようなDSPが外部から接続をさせてもらうのはかなりハードルが高いものでした。
直近国内では、デジタルプラットフォームにおける取引の透明性と公正性の向上を図るために、「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」が令和2年5月27日に成立し、同年6月3日に公布されました。この法律は、大手プラットフォームが独占的にビジネスをすることに対して規制をかけるというものです。このため、「どこか外部パートナーと接続しておくべきではないか」という動きが起こり得るとおもっているのですが、その時に僕らが接続先の第一候補となっておく必要があると考えています。
ですので、OTT・CTVにリーチすることが出来るかどうかという前に、まずは優良な広告主に利用されているDSPであることと、優良な広告案件で大量のトラフィックを買いつけられる能力を持ち合わせておくことが最も重要なポイントだと思っています。
池田氏:たしかに、法律のような外圧による突破というのは、あり得るかもですね。なるほど。
一方で、Index Exchangeからみた、グローバルと日本との市場の違いについてどのように感じていますか?
香川氏:米国では、2022年のCTV広告がデジタル広告全体に占める割合は8%以上に達しています(eMarketer)。一方日本では、CTV広告の市場規模は540億円(サイバーエージェントとデジタルインファクト社による国内CTVの動画広告市場調査)、デジタル広告全体が3兆912億円ですので、1.7%程度になります。このように、まだまだ市場の進捗度合いには大きな開きがあります。
日本は、CTV広告の販売において、プログラマティックのリアルタイム性と技術が、まだまだ活用しきれていない市場です。
海外では、CTVのプログラマティック化が進んでいます。米国では、オープンプログラマティックCTV広告を提示できる世帯は、全体の98%に達しました(Pixalate社調べ)。OpenRTB2.6という、新しい規格が普及をし始めていますが、これはCTVを買い付けるための規格です。日本ではCTVをプログラマティックで買い付けるという市場がまだ形成されていないため、普及はまだ先と見ています。
池田氏:そうすると、多くの日本のSSPにとって、まだOpenRTB2.6に対応するメリットがないので、開発が進まないわけですね。DSP側はいかがでしょうか。
山田氏:SSP側で対応が進めば、僕らはそれに合わせるだけです。
香川氏:そうですね、ですのでDSPとSSPとは、一緒に開発に取り組んでいく必要があるわけです。
山田氏:一方で、いちユーザーとしてCTVでコンテンツを視聴していると、地上波のCMと同様のクリエイティブでCTV広告が流れてくることが多いような気がしています。
香川氏:人の目視による事前考査をしていたら、リアルタイムでの広告取引は難しいです。この点は日本特有の課題です。米国などでは、ツールを使って自動的に行われます。また、媒体社が定めるガイドラインに則って、SSPが広告を送るというように、ルールに則って取引をしています。オープンでの買い付けも活発に行われており、在庫を開放している事業者がシェアを伸ばしてきています。
池田氏:米国では、例えばWebサイトの「Billboard」のように、YouTubeに匹敵するようなサイトがいくつかあるような気がするのですが、日本ではなかなかそのようなサイトが生まれていません。そういう違いがあるということでしょうか。
山田氏:例えば媒体社から、ビットリクエストに番組名や、出演者名の情報を載せていただければ、ターゲティング情報を作ることが出来ます。ただし、媒体社はこれを自社でパッケージングして純広告として販売したいと考えてしまうのですよね。
香川氏:CTVの透明性、バイヤーにとって非常に重要ですよね。媒体社から、媒体もしくはTV局名、番組のジャンル、番組名、シーズンもののドラマならシーズン番号、ライブストリーミングか否か、などの情報が媒体社からSSP、そしてDSPに伝達されることで、透明性、広告効果が高まります。
サステナビリティ
池田氏:次は、最近よく耳にするサステナビリティについてお聞きします。何らかの取り組みをされていますか?日本では現時点では、意識しとけば良しな風潮もあり、積極的に動いている事業者は少ないと感じています。
香川氏:Index Exchangeでは、以前から、気候変動に配慮した意思決定を行っていて、ネットゼロ・エミッション(温室効果ガス排出量実質ゼロ )を目標に掲げています。ネット・ゼロへの取り組みとして、データセンター、プロダクト・テクノロジー、業界との連携、事業運営、従業員サポートの5つの側面から二酸化炭素排出量に配慮しています。
当社の目標は、世界中のデータセンターで100%クリーンで再生可能なエネルギーを使用することですが、クリーンで再生可能なエネルギーの使用率は既に93%を達成し、10カ所のデータセンターのうち8カ所はすでに100%を達成しています。
また、2021年にアドエクスチェンジの構造を全て書き換えたことで、オークションあたりの電力消費量を40%削減し、その後さらに20%削減しています。動画広告の100万インプレッションは、CO2を1トン排出しており、この業界が変化を促進するために重要な役割を担っていると考えています。
山田氏:僕らはAdwaysグループとして、サステナビリティというものを、まったく別の視点からとらえています。環境破壊や地球温暖化、社会における格差の拡大などは、これまでの様々な活動の結果起こってしまったことであり、これら一つ一つにどう対処していくのかと言うことも大切だとは思うのですが、「なぜこうなってしまったのか?」と言うことに目を向けることも大切だと思っています。
前述したような問題に限らず、特定の集団が自分たちの利益のことだけを優先して活動を続けた結果、直接的なステークホルダーではない人々に被害が及ぶという構造になり様々な問題が起こっていると感じています。僕らはそういった構造を理解した上で自社の利益だけを追求するのではなく、広く社会に目を向けて社会全体が前進できるような取り組みを目指したいと考えています。
池田氏:自分たちだけの利益を追い求めている象徴的な事例が、永久不滅感が漂うコンプレックス商材やアダルト色の強いクリエイティブ表現の広告ですかね?儲かればよいという、ワイルドな広告は、デジタル広告市場黎明期より脈々と受け継がれています。
そんな広告が掲載されている場所に、ブランド広告を出せますか?というような状況です。
日本のオープンインターネットはそのような状況であるわけですが、果たしてそのようなところにブランドが広告を出稿するのでしょうか?
山田氏:そうなってくると、ブランド広告主は選ばれた場所だけに広告を出すという判断をすることになると思います。その結果、選ばれなかった媒体にはブランド広告が配信されなくなり、結果的によくわからない広告ばかりが掲載される媒体と、ブランド広告が掲載される媒体の二極化が進んでいってしまいますよね。
オープンインターネットに、適正な広告予算が投資されるためにすべきこと
池田氏:これまでに議論してきたような環境において、どのようにオープンインターネットに広告予算を持ってくるかということについて、どのように考えていますか?
山田氏:UNICORNが取り扱っている領域ではアプリ広告主向けのパフォーマンス配信と、ブランド広告主向けの配信の軸で考える必要があって前者のほうが課題が大きいと感じています。アプリ広告の場合はグローバルで共通の計測ソリューションが活用され、計測環境が統一されていますが、構造上ウォールドガーデンに属する広告プラットフォームの方が有利に評価されるようになっています。ですので、相対的に見るとDSPなどのオープンインターネット側の事業者が、評価されにくいという環境にあります。
また、ラストタッチでの評価に関しても正しく評価する限界に達している側面もあると考えています。現状のアプリ広告におけるラストタッチでの評価ルールのままだと、画面内に動画広告を配信し続けて多くのユーザーに効率よくエンゲージメントを付与することが最適な広告配信手法となってしまい、広告を見なくてもアプリをインストールするはずだった人が大半になるような配信になってしまいます。
広告事業者としても、広告主がお金を使ったぶん事業成長をしていただかないと、広告費を払い続けられる広告主がいなくなってしまうという危機感があり、それに対して策を打たなければ広告業界全体が衰退していってしまうばという課題感があります。
現在、海外のMMM分析ツールを日本に持ち込んで一緒に事業拡大を図る準備をしています。
池田氏:いいですね。各事業者によって条件が異なる、ある意味ミクロ的な計測・評価よりもMMM分析のような視点で、実際に広告費を投資して売り上げが上がったのかをマクロ的に、わかりやすい事実に基づいて予算配分がされるようなトレンドが来るべきだと私は思っています。
特にクッキーレス、IDレスな時流においては追い風で、MMM分析のような手法を普及させることができれば面白くなると思うのです。香川さん、グローバルでは、どのように受け入れられているのでしょうか。
香川氏:クッキーレスになる、ならないというのは置いておいて、メディアプランニングにおいて、MMM分析がオープンインターネットに予算を投下するためのベースになっています。それに則ってプランニングをすると、広告予算の一定の割合がオープンインターネットの媒体に投下されています。
池田氏:MMM分析は、今使われているような大手広告主が主体の普及にとどまらず、もっとカジュアルに使われるようになっていく必要がありますね。現状は分析者が必要となりますが、このあたりについては今後どのように改善されていくのでしょうか?
まずは、分析者や、難しい言葉抜きで、テレビ、インターネット、サイネージなどで、投下した広告予算に対して、各計測ツールの数字だけでなく、実際の売上の変化をヒストリカルにログを残すだけでも意識が変わると思うのですが、そこも楽にできる仕組みが提供できると良いですね。
山田氏:MMMでの分析は非常に手間やコストがかかるものなので、しっかりとしたサポートができるように準備を進めています。まずはオンライン広告を対象とした分析からスタートする予定ですが、追ってオフライン広告にも対応していきたいと考えています。
池田氏:いいですね。山田さん、期待しています。
MMM分析は、あくまで一例ですが、オープンインターネットの今後を期待する上でのキーワードの一つであると思っています。
とはいえ、まずはシンプルに広告主が広告にお金を使った後、「本当にお金を使ってよかったのか?」ということをまずは知っていただくことが大切だと思っています。
広告主みんなが使っている広告費について、自分ごと化すること。
そして、事業者は真摯に広告事業に取り組んでいけば、オープンインターネットの明るい未来が、見えてきそうですね。このような取り組みを、広告主と事業者とが話し合いながら進めていくことが大切ですね。
最後に、少しワクワクする話をさせてください。
MMM分析とは違う観点で、とある大手広告主から私に相談がきたんです。
その広告主はデジタル広告予算において、まさにウォールドガーデン一色な予算配分で広告運用されているのですが、「これで良いのだろうか?競合他社含めて、みんな同じようなプランニングで同じようなことをしている。これでは差別化できないし、何より生活者との本質的なエンゲージメント(ファンになってもらう)が築けないのではないか?もっとメディア、コンテンツを作っている方々ともしっかりと向き合って、生活者の方々に喜んでもらえるような広告をやりたいと思っている」と。
こういう広告主が増えると広告が面白くなっていきますね。
Z世代の「推し活」に代表されるように、みんな自分が大好きな場所を持っているはずです。その場所はインターネットという手段を通じることで無数に広がっています。
それが、「オープンインターネット」だと思います。
皆さん、希望しかないですね!
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。