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媒体社はCookieレス時代に向けて今どのような仕込みを行っているのか ―KADOKAWA×ドワンゴ×LiveRamp特別対談[インタビュー]

Google ChromeのサードパーティCookie廃止に向けたカウントダウンが既に始まっている。先行きが不透明であるにも関わらず、「終わる」ことだけが確実視されている不安定な状況下において、先進的な媒体社は今どのような準備を進めているのか。確定型IDソリューションを提供するLiveRamp社と、同社ソリューションを導入した媒体社及び導入を決定した媒体社に話を聞いた。(Sponsored by LiveRamp)

 

媒体社は広告収益減に耐えられるか

 

―自己紹介をお願いします。

 

江口氏(上写真右端):株式会社KADOKAWA デジタル戦略局デジタル事業開発部アドテクノロジー課に所属する江口力と申します。当社は出版、映像、ゲーム、Webサービスなど幅広い事業を展開する総合エンターテインメント企業であり、私が所属するアドテクノロジー課は、「カクヨム」「ComicWalker」「Walkerplus」など約20ものウェブ媒体のマネタイズ業務を担当しております。

 

大石氏(同中央):株式会社ドワンゴ ニコニコ事業本部メディア事業部アドテクノロジーセクションのマネージャーを務める大石優造です。当社では、動画共有サイトのニコニコ動画や、ライブストリーミングサービスのニコニコ生放送の運営に加えて、近年ではハイパーカジュアルゲーム事業にも取り組んでいます。私自身はこれらのウェブ及びアプリサービスにおけるプログラマティック広告を通じた広告マネタイズ業務を管掌しています。

 

ヨン氏(同左端):LiveRamp株式会社のHead of Addressabilityを務めるヨン・サンと申します。来年に控えたGoogle ChromeのサードパーティCookieサポート廃止後も広告在庫に関わる様々なデータを可視化するための取り組みや、広告主様及び媒体社様のファーストパーティデータ活用支援及び大手広告プラットフォームとの連携などを担当業務としています。

 

―サードパーティCookie廃止の影響はどれほどになると見込んでいますか。

 

大石氏:ご承知の通り、Apple社が提供するブラウザであるSafariにおいてはITP(Intelligent Tracking Prevention)が実装されたことでサードパーティCookieの利用が制限されており、広告単価は既に下がっています。

 

またGoogleアドマネージャーのレポートを見ると、サードパーティCookieがある広告在庫とそうでない在庫では広告単価に40~50%ほどの開きがあるので、Google ChromeにおいてもサードパーティCookie廃止となると、相当程度の影響を受けるはずです。

 

江口氏:当社のレポートも同じくCookieの有無で広告単価に40~50%程度の開きがあります。大石さんの想定と同じく今回のサードパーティCookie廃止による打撃は大きなものになると予想しています。

 

―どのような対策を用意していますか。

 

大石氏:モバイルWeb領域においてSafariのITPが適用された時点ではIDソリューションが日本市場ではまだ存在していなかったため、対策の打ち手がありませんでした。しかしながら、Google ChromeのサードパーティCookie規制が話題になり始めた2020年頃には日本市場でもIDソリューションの話が挙がるようになってきていたため、その頃からRampIDを始めとするハッシュ化したメールアドレスを利用した確定IDソリューションの導入を検討するようになりました。

 

検討を開始した背景としては、まず、使えなくなってしまうサードパーティCookieの代替となる広告ターゲティング用のIDを用意するということなので、広告単価のリカバリー策としては効果がイメージしやすい。

 

次に、推定IDソリューションやコンテクストターゲティング等の他のポストCookie対策と比較すると、媒体社側で必要な開発や法令への対応コストが高いため、実装までにそれなりの時間がかかると考えました。

 

加えて、2023年の現時点においても先ほどお話ししたSafariのようにサードパーティCookieが利用できないブラウザは存在するため、現時点でも実装することができれば、それらのブラウザで発生する在庫の単価回復も期待することができます。

 

サードパーティCookie廃止に伴い広告収益が低下してから有効なソリューションを探し始めるというのはあまりにリスクが高いですし、導入に伴うリスクは開発や法的対応コスト以外には特にないと考えています。このように判断して、現時点で導入に向けての準備を既に始めています。

 

江口氏:KADOKAWAでは「ComicWalker」にLiveRampを実装済みです。ComicWalkerはKADOKAWAの漫画を5000作品以上無料(2023年8月時点)で閲覧できるサイトであり、ログインをしていただくことで作品のお気に入り登録や更新通知を受け取ることなどができます。サイトのログイン率としては12~13%程、月間のUU数としては540万人と多くの方にご利用いただいているサイトとなります。RampIDの導入によりCookieがある現在でも単価に対して一定の効果を発揮できています。

 

ユーザーの同意取得方法に様々な選択肢あり

 

―IDソリューションの導入に際してどのような準備が必要となるのでしょうか。

 

大石氏:IDソリューションに対する社内説明に時間がかかりました。特にIDソリューションを使う上でハッシュ化しているとはいえメールアドレスを使用する以上、情報セキュリティ担当や法務部に理解してもらう必要があるため、何度かのミーティングを通して仕組みを理解してもらいました。開発作業に関しては2021年頃に着手していたのですが、2023年8月時点でもまだ実装ができていない背景としては、個人情報保護委員会より2021年9月に出された新たな見解により当時の個人情報保護法の解釈が変わったことで、ユーザーからの同意取得方法を予定していたものから変更する必要が生じてしまい、その整理のために開発を中断しています。

 

そこから約1年をかけて情報セキュリティ担当や法務部、弁護士との協議を重ね、今年の2月になって、ユーザーの個人情報についての利用規約及びCookieなどの利用に関するガイドラインの改定を行いました。この改定によってようやくRampIDを活用した広告配信を実施できる環境を整えることができたところです。とはいえ、これは弊社が開発を着手したタイミングも関係あるので、恐らく他社媒体で実装をする際に法務周りの対応でここまで長い期間は必要ないと思います。

 

ヨン氏:媒体社様がIDソリューションの導入を検討される際に、マネタイズ担当者様と本部または法務部とで関連する法令の解釈や問題意識が異なり、想定以上の準備期間が必要となるという事例は決して珍しくありません。ただし、ドワンゴ様の場合は、やはり事業規模も大変大きいですから、その影響力などを鑑みて、本当に慎重に検討を重ねられたと理解しています。

 

大石氏:例えばメールアドレス利用についてユーザーの承諾を得るだけでも、「同意管理プラットフォーム(CMP)を活用する」「ユーザー一人ひとりにメールでご案内する」「トップページ上で規約変更をお知らせする」など様々な方法があり得ます。いずれの手法が個人情報保護の観点から最適なのか、どれほどのコストがかかるのか、そして広告収益の増加分でそれらのコストを賄うことができるのか。こうした点についての議論にかなりの時間を費やしました。

 

実装後にRCPMは36%増

 

―実際にLiveRampを導入したことでどのような成果が出ましたか。また導入コストを回収するまでにどれほどの期間が必要となるのでしょうか。

 

江口氏:LiveRampテスト開始後2日目より、RampIDを適用した広告在庫の単価が、RampIDが無い在庫を上回っておりました。A/Bテストを行い検証をしておりましたが、CPM(広告リクエスト1,000回あたりの収益)は6.3%増、RCPM(広告リクエスト1,000件あたりの収益)は36%増という結果が出ています。テスト実施当初の結果・条件がそのまま続く前提で考えますと、1年弱で初期投資の回収が出来る見込みです。

 

また余談にはなりますが、A/Bテストの設計については課内でも慎重に検討を行いました。時期的要因やボリュームによるブレなどを可能な限り排除して同じ条件下で検証を進めるべく、Prebid在庫のうち2割をRampID適用在庫と非適用で同じボリュームを割り振りテストを実施しました。かなり慎重な判断ですが、初めての取り組みだったため結果が出たうえで全体適用を進めていこうと考えていました。

 

ヨン氏:どれほどの期間で成果が出るかという点については、媒体社様の状況によって大きく異なります。広告在庫をオープン・オークションで販売するという観点で言えば、導入後1週間もあれば、RampID付きの広告在庫の方が広告単価やオークションの勝率が高くなり始める傾向にあります。

 

ただし、確定型IDソリューションの用途はCPM改善に留まりません。純広告の配信や、他の媒体社やデータ企業との連携を通じて共通セグメントを作成するなどの目的にも活用できます。こうした施策を行う上では相応の体制や環境を整備する必要があるので、具体的な成果が得られるまでの時間は長くなります。

 

ちなみにプログラマティック広告の黎明期にPMPが登場し、媒体社様がネットワークを構築しました。IDソリューションを起点とした同様のネットワークを新たに形成する動きも今後出てくるのではないかと見込んでいます。

 

―確定型のIDソリューションを活用する上で重要となるログインユーザーはどれほどいるのでしょうか。

 

大石氏:ニコニコ動画では、PCに関しては約7割がログインユーザーです。スマートフォンになるとこの数値はかなり低下するのですが、これはSNSの拡散を通じてコンテンツにアクセスするユーザーに一見さんが多くなるためであると認識しています。

 

江口氏:ComicWalkerのログイン率は12~3%ほどです。RampIDを適用できるのはPrebid経由の広告在庫である一方で、ComicWalkerの収益の半分はGoogle経由の配信が占めています。ComicWalkerが魅力的なサイトであり、ログインして利用した方が良いとユーザー様に思っていただけるよう事業部とともに邁進していきたいと考えています。

 

KADOKAWA他サイトでは、前述の通り、現状ログインをして見ていただくサイトは多くない状況です。しかしながらIDソリューションを利用するためにログイン機能を準備しようという考え方ではなく、今回のサードパーティCookie廃止を良いきっかけと捉え、サイト自体の在り方やユーザー様とのコミュニケーションの取り方、コンテンツの再検討などをまずは進めていき、その中でログインが必要と考える場合には検討を進めていくというスタンスが良いかと個人的には考えています。

 

―IDソリューションを通じて、「富裕層が集まっているはずの媒体には実は富裕層が全くいなかった」ことなどが明らかになってしまうリスクはありませんか。

 

大石氏:ブランディングにおいても計測ツールで広告主が期待するターゲティング層にリーチすることができているかどうかをデマンドサイドで既に気にし始めている現在においては、そこはあまりリスクとしてはないと思います。

 

IDソリューションがあまり浸透していない現在においても、既に「特定のペルソナが多くいると期待して出稿したが、期待したユーザー層にリーチすることができなかったため、キャンペーンを停止した」といった事例は起きていると思います。

 

また媒体社側の観点としても、自社媒体のペルソナ像を正確に把握した方が、効果的なマネタイズを行うことができるはずです。「ユーザーの本当の姿が明らかになる」というのは媒体社にとってはむしろチャンスです。

 

ヨン氏:「本当は富裕層ユーザーがあまりいないけれども、富裕層向けを打ち出している」というメディアは、そもそもオープン・オークションに消極的であり、ブランディング目的の純広告を押し出すのではないでしょうか。

 

いずれにせよ、最終的なコンバージョンにつながらないのであれば、広告主は広告を出稿しません。自社メディアにどのようなユーザーが集まっているかを把握することは、媒体社にとって非常に重要な意味を持つと思います。

 

―IDソリューションの導入に伴い、媒体社のマネタイズ運用者にはどのような変化が求められると思いますか。

 

大石氏:例えば、これまで広告マネタイズ担当者はログイン率をさほど重視していなかったと思います。しかしながら、IDソリューションを実装した後に関してはどれくらいの在庫にIDソリューションを適用することができるかがログイン率次第になっていくので、注視していく必要が生じると思っています。

 

一方で、ログイン率の向上については、広告マネタイズ担当者の努力だけでどうにかなるものではありません。ニコニコ動画では有料会員機能も提供しており、ログイン促進を通じて有料会員を育てることも重要です。サブスクリプション担当者やサービス担当者なども含めた横断的な取り組みが必要になると思います。

 

江口氏:大石さんも仰ったように、広告マネタイズ担当者としてはログイン率向上のためにできることは限られています。しかし、サービス側の担当に関してもログインユーザーを増やしてサービスとのエンゲージメントを高めたいと考える一方、そこに収益的なメリットを明確に出すことが難しいという現状があります。

 

そこに対して、我々広告マネタイズ担当が「ログイン率が◯%向上すれば、IDソリューションを適用できる在庫が増えるため、◯円の収益増加を見込むことができます」といったように定量的にログイン率向上の経済的メリットを提示することで、サービス担当がログイン率向上のための施策を行うための根拠をデータとして示すことはできるのではないかと思います。

 

ヨン氏:有料サブスクリプション登録→3回以上記事を閲覧したユーザーは無料会員登録→一見さんは無料閲覧、といった具合に、いくつかの異なるレイヤーを設定する媒体社様は一定数いらっしゃいます。

 

一方で無料公開のレイヤーしかないメディアがかなり多くあるのも事実です。サードパーティCookie廃止後の打ち手が極めて限定的になるのではないかと憂慮しています。

 

―IDソリューションに関する今後の見通しをお聞かせください。

 

大石氏:IDFAの利用が制限されてから、代替ソリューションであるSKAdNetworkが普及するまでに時間がかかったという印象があります。恐らくIDソリューションも同様に、サードパーティCookie廃止から1年ほど経ってから本格的に使われ始めるのではないでしょうか。当社としては、鶏が先か卵が先か、つまり広告主と媒体社のどちらが先に準備を進めるかということに頭を悩ますのではなく、先に準備を進めて広告主様の反応を待つという道を選びました。

 

ヨン氏:IDソリューションの有効性が証明されれば、弊社以外のテクノロジー企業も次々と開発に乗り出していくことになるでしょう。将来的には、媒体社様及び広告主様は、いくつものIDソリューション及びそれ以外のソリューションを併用していくことになるのだと思います。

 

必ずしも当社のソリューションだけを使ってほしいとは思っていません。サードパーティCookie廃止後の新たな世界を築いていきたいとの志を持つ企業様とであれば、共に取り組んでいきたいです。

 

江口氏:ログイン機能があり、既にメールアドレスを一定量取得している媒体においては、確定型IDが現状最適なソリューションであるとは思いますが、既に申し上げた通り、当社にはログイン機構がない媒体も多くあります。そうした媒体においては、類推IDや、GoogleのプライバシーサンドボックスにおけるTopics APIまたはProtected Audience APIの効果検証を継続的に行っていく予定です。

 

大石氏:確かに、IDソリューションにしろ、プライバシーサンドボックスにしろ、「どれだけ多くのユーザーに適用できるのか」によって有効性が大きく左右されるので、エコシステム全体の問題ですよね。また、IDソリューションだけに限らず対策によって媒体との相性の良し悪しもあるので、「とにかく試してみる」というのはポストCookie対策にとって非常に重要だと思います。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長

ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。