RTB Houseが開発に関わるGoogleプライバシーサンドボックスの実像とは[インタビュー]
Cookieレスな世界が到来すると言われてから、既に数年が経過した。GoogleによるサードパーティCookieのサポート廃止が延期を繰り返していることで、状況は不透明なままだ。本当にサードパーティCookieは消滅するのか。リターゲティング広告に未来はあるのか。Googleが提唱するプライバシーサンドボックスの実証実験に参画するRTB Houseの識者に話を聞いた。
(Sponsored by RTB House)
Googleとの仕様策定に貢献
―自己紹介をお願いします。
深層学習に基づくリターゲティングプラットフォームであるRTB Houseのプライベート・アドバタイジング・エコシステムチームにて、Go-To-Market戦略の責任者を務めるマテウシュ・ルミンスキーと申します。
ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム(W3C)を含む多数の業界団体の会議やフォーラムに参加し、Googleが提唱するCookieレスな広告技術であるプライバシーサンドボックスやProtected Audience API(旧 FLEDGE)の実証実験に関する論文の執筆などを行っています。
―貴社の事業紹介をお願いします。
当社はAIの中で最も高度な深層学習を使ったエンジンを用いて広告配信を行うDSPです。とりわけ過去数年間は、人手を介さずとも深層学習が100%の能力を発揮するようになったため、かなり高性能なエンジンとなりました。
なお、プライバシーサンドボックスにおいてはユーザーのプライバシー保護を目的としてデータをサーバーには送信せず、ユーザーが利用する端末のブラウザ上に保存する設計となるので、今後はデータを解析するアルゴリズムの重要性が高まります。当社のAI深層学習モデルはテクノロジー企業としての大きな差別化要因になると考えています。
また当社はマネージドサービスであり、広告クリエイティブの制作や技術サポートに加えて、広告配信に関して様々な助言を併せて提供していることが特徴的です。
―貴社とプライバシーサンドボックスの関わりについてお聞かせください。
当社ではプライバシーサンドボックスが未来のソリューションになると考えており、2022年1月から、総勢45名が本プロジェクトに参画し、実証実験の実施やGoogle社に対する提案などを行っています。実際に当社が提案したProduct-Level TurtledoveとOutcome-Based Turtledoveという仕組みについては、プライバシーサンドボックスの主要機能として採用されるに至りました。
グループごとのターゲティングを実現
―改めてプライバシーサンドボックスの概要についてお聞かせいただけますか。
プライバシーサンドボックスとは、サードパーティCookieを用いずに各サイトを横断した様々なユースケースを満たすことを目的としてGoogle社が開発中の一連のツール群です。
スパム対策やボット検知を行うTrust Tokens APIに加えて、オーディエンスを分析するProtected Audience API(旧FLEDGE)やトピックを分析するTopics API、広告効果を計測するAttribution Reporting APIなどが用意されています。中でもProtected Audience API(旧FLEDGE)はリターゲティングの全面的な見直しとエコシステムの刷新をもたらします。
―サードパーティCookieを用いたこれまでのリターゲティングとは具体的にどのように異なるのでしょうか。
ユーザーのプライバシーを保護する環境下においては、サイトを横断したユーザーの特定ができません。つまり、広告主のウェブサイトを訪問したユーザーは、そのサイトを一旦離れたら、もう個人としてトラッキングすることができなくなるのです。
そこでProtected Audience API(旧FLEDGE)の機能の一つであるProduct-Level Turtledoveと呼ばれる仕組みを通じて、類似した興味・関心を持つ50ユーザー以上を集めたグループを結成し、個人単位ではなく、グループ単位で興味・関心に応じた広告表示などを行います。
なお、どのような興味・関心に応じて各グループを構成するかについての設計は、DSPに委ねられています。ただし、閲覧履歴とグループ情報はユーザー端末のブラウザ上に留まったままです。この仕組みを通じて、プライバシーを保護しながら、広告のパーソナライズを行うことが引き続き可能となります。
―個人単位ではなく、グループ単位でターゲティングを行うということですね。
さらに同じくProtected Audience API(旧FLEDGE)の機能であるOutcome-Based Turtledoveという仕組みを活用すれば、価値の高いユーザーへのターゲティングを行うことが可能です。
例えば商品の平均単価が3000円のECサイトにおいて、1万円の商品を紹介するページを閲覧したユーザーがいた場合、そのユーザー端末のブラウザ上に変数を記録します。広告オークションを実施する際に、ユーザー端末からこの変数を受け取ることで、DSPはユーザーを特定せずに価値の高いユーザーに広告を配信することができます。
これらの仕組みは既に実証実験の段階に入っていますが、その効果を正確に判別できるほど大規模な取り組みとはなっていません。実証実験に参加するSSPや媒体社の数を増やしていくことが直近の課題となっています。
実証実験の進捗状況
―実証実験はどれほどの規模で行われているのでしょうか。
DSPは広告在庫の多くをSSPから購入することになりますが、現時点でProtected Audience API(旧FLEDGE)に対応するSSPはGoogleのAuthorized Buyers(旧DoubleClick Ad Exchange)のみです。Protected Audience API(旧FLEDGE)を通じた広告表示は全体の6%を占めるに過ぎません。
当社が扱う広告表示に限定するとその割合は1%未満であるものの、それでも2023年1月だけで約1億2000万回の広告表示に達しました。当社の顧客の46%に対して少なくとも1回は広告表示が行われています。
―SSPがProtected Audience API(旧FLEDGE)の導入に消極的な理由は何ですか。
現時点では、媒体社はProtected Audience API(旧FLEDGE)を通じた広告表示の場所や回数及び頻度などを管理することができないことが課題となっています。
さらにはサードパーティCookieがまだ機能しているので、完全に廃止された状況下でその他のCookieレスソリューションとの比較を行うことが現時点ではできません。サードパーティCookieを無効にして、プライバシーサンドボックスAPIをオンにしているユーザーのサンプル数は非常に限定的です。またProtected Audience API(旧FLEDGE)に対応した効果測定システムが整備できていないので、効果を正確に把握できないといった問題もあります。
―やはりサードパーティCookieが機能している間はCookieレスソリューションの普及はなかなか進まないのですね。
サードパーティCookieが廃止された後も、サードパーティによるIPアドレスの追跡などを制限しなければ、いわゆるフィンガープリンティングが横行してしまう可能性があります。また経済が低迷すれば、各企業は新たな取り組みに消極的になるでしょう。プライバシーサンドボックスの普及に向けては、テクノロジーの進展以外にもいくつかの課題が残されています。
―他のCookieレスソリューションとの比較において、プライバシーサンドボックスの有効性はどれほどあると思いますか。
ユーザーのプライバシーを保護した広告ソリューションとしては、IDソリューションやデータクリーンルーム、そしてIAB Tech Labが提唱するSeller Defined Audiences(セラーデファインドオーディエンス、SDA)などもありますが、リターゲティングに関してはProtected Audience API(旧FLEDGE)が最適だと思います。
Google Chromeに対してデフォルト設定なので拡張性があり、特定型データであるがゆえに正確で、Cookie連携のようにデータロスが発生しないからです。
―プライバシーサンドボックスはあくまでもGoogle Chormeとandroidに特化した仕組みであると理解しています。活用範囲は限定的になるのではないでしょうか。
ご存じのようにSafariはSKAdNetworkをリリースしており、Mozilla Firefoxも同じくCookieレスな効果計測環境を整備している最中にあります。またMicrosoftはPARAKEETというプライバシーサンドボックスとほぼ同様の仕組みを開発中です。つまりすべての主要ブラウザがプライバシーを保護した上での広告配信または効果計測を行うソリューションを開発中です。ただし、いずれも実用に耐えるようになるまでには一定の時間を要するでしょう。
そこでGoogle社は、W3C内のグループの一つであるWeb Incubator Community Group(WICG)にプライバシーサンドボックスの仕様書を公開しました。Google Chrome以外のブラウザも、本仕様書に記載されたコードをコピー&ペーストするだけでプライバシーサンドボックスを利用することが可能となっていることから、活用範囲はさらに広がり得ます。
サードパーティCookie廃止の見通し
―Google ChromeブラウザにおけるサードパーティCookieのサポート終了時期が再々延期される可能性が取り沙汰されています。
現時点において、Google社はサードパーティCookieのサポート終了時期を2024年後半に設定しており、私としてはこれが最終的な期限になると見込んでいます。もうこれ以上の延長はないでしょう。
開発状況を間近で見守ってきた立場から申し上げると、過去に期限として示されていた2022年または2023年に向けての準備は明らかに遅れていました。Googleは取り組みを推進していましたが、プライバシーサンドボックスの実証実験を実施する事業者がおらず、エコシステム全体としての準備が整っていなかったのです。
しかしながら、その後、Googleは様々な要望や指摘に適切に対応し、修正を図っています。また2023年時点では、当社やGoogleに加えて、AmazonやCriteoといったリターゲティング市場の主要事業者が軒並み実証実験を行っています。さらには、英国の競争当局である競争・市場庁(CMA)がこれ以上の延長を回避するために全力を尽くすとの見解を示していることも強力な後押しとなっています。*
―Cookieレス環境下において、広告関係者には今後どのような技術や資質が求められると思いますか。
サードパーティデータの利用が制限されることに伴い、ファーストパーティデータの重要性が増すでしょう。
広告主は、自社のウェブサイトでどのような商品が閲覧され、そこからコンバージョンに至るまでにどのようなパターンがあり得るかを示すデータをより積極的に活用することになると思います。ロイヤリティカードを通じてオフラインの購買行動を把握した上で、オンラインキャンペーンに生かすという取り組みも今後は増えていくのではないでしょうか。
―媒体社はどのようにファーストパーティデータを収集していくべきなのでしょうか。
媒体社はユーザーにログインを促すことでファーストパーティデータを整備できますが、ログインユーザーの数はどうしても限定的です。ただし、たとえログインがなくとも、制限対象とはならないファーストパーティCookieを活用することで、ユーザーが実際に誰であるかを把握することなく、ユーザー行動を把握することは可能です。
なお、媒体社がProtected Audience API(旧FLEDGE)を活用する上では、対応したSSPと連携するか、当社が提供するPrebidのヘッダービディングソリューションなどを通じて、対応する広告主と直接連携することが求められます。
いずれにしても、広告運用が今後より高度で複雑になっていくことは確実です。Cookieは本当に便利な代物で様々な用途に活用できましたが、今後は各目的に応じたAPIを使い分けていくことになります。そのためには、当然のことながら、新たな知識が必要です。
―広告関係者には大きな機会とともに試練となりそうですね。
すべての広告関係者がプログラミング技術を学ぶ必要はありませんが、Cookieレス環境下における広告配信の仕組みは理解しておかなければなりません。どのようなユーザー情報が引き続き取得できてまたこれから取得できなくなるのか。プライバシーサンドボックスにおける「グループ」とは何を意味するのか。こうした事柄を理解していなければ、マーケティング施策だけでなく、事業全体の判断ができなくなる可能性があります。
業種や業態を問わず、各企業はこれまでも様々な課題に直面した際に、良き事業パートナーを選ぶことで様々な解決を図ってきたと思います。オンライン広告業界においては、パートナーがCookieレス環境に対応できないのであれば、今すぐにでもパートナーを変更すべきです。
Cookieレスな世界は近い未来に確実に到来します。その準備をしっかりとできている事業者が、良きパートナーとなるための必須条件であると私は考えます。
*本取材の実施後、GoogleはGoogle Chromeユーザーすべてに対してプライバシーサンドボックスのターゲティング配信または広告効果計測に関するAPIを利用可にするためのアップデートを2023年7月より開始し、また2024年第1四半期にはGoogle Chromeのユーザーの1%に対してサードパーティCookieのサポートを廃止する旨を発表した。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。