日本のアプリ広告市場に見え始めた変化の胎動とは―PubMaticとfluctの業務提携の背景を探る
世界的独立系セルサイド・プラットフォームのPubMaticと国内最大級のSSPであるfluctが、アプリパブリッシャー向けのSDKの提供に関する独占的なパートナー契約を締結した。大手SSP同士による本業務提携を通じて、日本のアプリ広告市場に見られ始めた変化に先手を打ち、様々な課題解決に取り組んでいくという。日本市場においてどのような変化が起きつつあるかについて、両社に話を聞いた。(Sponsored by PubMatic)
アプリ内入札の実態
―自己紹介をお願いします。
廣瀬氏(写真中央):デジタル広告のサプライチェーンを提供する独立系テクノロジー企業であるPubMaticの日本法人でカントリー・マネージャーを務める廣瀬道輝と申します。
藤井氏(同右):日本国内のモバイルパブリッャー向けにSSPやコンサルティングサービスを提供するfluctの代表取締役COOを務める藤井洋太です。
佐藤氏(同左):同じくfluctでアプリグロース本部副本部長を務める佐藤亜美と申します。
―両社が締結した業務提携の概要についてお聞かせください。
廣瀬氏:PubMaticがモバイルパブリッシャー向けに提供するOpenWrap SDKの国内展開に関する業務提携です。
OpenWrap SDKはPrebidに基づいて構築されたアプリ向けのサーバーサイドのヘッダー入札(アプリ内入札)を実現するSDKです。Prebidはアプリのみならず、ウェブ、CTV/OTTまでも網羅している世界標準のオープンソースです。このSDKを導入いただければ、アプリ内入札環境を簡単に構築できます。具体的にはPubMaticに加え、Non-SDKで各ビッダーを追加することができます。このテクノロジーにより、アドネットワークやウォーターフォールなどの非プログラマティック取引に伴う様々な課題を解決し、ブランドの広告費をはじめとした複数のデマンドソースをシームレスに最適化します。
現在、多くのアプリのパブリッシャーが、アプリ内入札方式とウォーターフォール方式を併用しています。このうちアプリ内入札方式については自動化が進み効率的なマネタイズが実現されているのですが、ウォーターフォール方式については運用担当者が細かな調整作業を日々繰り返しています。OpenWrap SDKは、このウォーターフォール方式のさらなるマネタイズの一助となるソリューションです。
また広告主がビューアビリティやキャンペーン成果を測定するために必要なOpen Measurement SDKをあらかじめ統合しており、主要なアドエクスチェンジやDSPと接続しているので、透明性の高いアプリ内入札オークションを実行し、アプリパブリッシャーの収益最大化を支援します。
藤井氏:fluct社は、このOpenWrap SDKの日本国内における独占販売パートナーを務めます。
―「アドネットワークやウォーターフォールなどの非プログラマティック取引に伴う様々な課題を解決」するとのことですが、既にアプリ内入札が普及し、ウォーターフォール運用の負担は減っているのではないでしょうか。
佐藤氏:アプリ内入札だけですべての広告在庫を売り切ることができれば理想的なのですが、実際にはどうしても余剰在庫が発生します。この余剰在庫がウォーターフォール方式に流れてくるのです。
ウォーターフォールに流れてきてから広告プラットフォームの自動最適化に任せておくこともできるのですが、一般的にはフィルレートやCPMなどの実績に基づき、運用担当者が細かな調整を行った方が収益は上がります。よって多くのパブリッシャーがアプリ内入札方式とウォーターフォール方式を併用しており、手動設定作業にも少なくない時間を割いているというのが現状です。
ブランド広告主とアプリ広告の相性とは
―「ブランドの広告費をはじめとした複数のデマンドソースを最適化」するとのことですが、アプリ広告というと、広告主も媒体社もゲーム事業者という印象が強いです。ブランド広告の需要はあるのでしょうか。
廣瀬氏:これまでアプリ広告市場を牽引してきたのがゲーム事業者であることには間違いありません。カジュアルゲームなどの事業者が積極的にその他のアプリゲーム広告在庫を買い付けするという、ゲーム事業者双方が広告主でありパブリッシャーであるというようなエコシステムがしばらく続きました。
しかしながら、広告主としてのゲーム事業者が、近年ではテレビCMやCTV広告などにも予算を割くようになってきました。その分だけ、アプリ広告に対する広告投資が相対的に減ってきています。この動きと前後して、ブランド広告主がアプリ広告を出稿する事例も多く見られるようになってきました。
藤井氏:現在では、大手ゲーム事業者の広告プランニングにテレビCMが含まれることが非常に多くなりました。これまで「ブランド広告はテレビCM、ゲームはアプリ広告」と住み分けされていたのが、それぞれ様々なチャネルを活用するようになったことで、広告投資の平準化が起きているように思います。
―これまで莫大な広告投資を行ってきた大手ゲーム事業者がテレビCMにも広告予算を割くようになれば、アプリ広告市場の成長は今後鈍化していくのではないでしょうか。
廣瀬氏:世界的な市場調査会社であるeMarketerによると、日本は米国、中国、英国に次いで4番目に大きなモバイル広告支出のマーケットであり、2023年には6.7%の前年比成長率と1600万ドル規模の支出に到達することが見込まれています。この成長トレンドについては、今後数年は継続すると見られているものの、2022年の11%という成長率と比べると明らかに成長率は鈍化しています。
ゲーム事業者以外の広告主を取り込むことができなければ、アプリパブリッシャーの広告収益にも影響が出る可能性があります。
―大手ゲーム事業者が抜けた穴を、ブランド広告主が埋めることができると思いますか。
廣瀬氏:限定的な大型出稿に依存するのではなく、デマンドソースを多様化することで、より安定的な収益構造を構築することはできると思います。
例えば現在出稿されているゲーム広告のほぼすべてが、インストールまたはインストール後のアクションに伴う成果報酬型の課金モデルを採用しています。つまり、インストールや会員登録がされなければ、いくら広告を表示しても収入は全く得られません。
一方でブランド広告であれば、きちんとビューアビリティが確保された広告表示さえすれば、広告主の目的を果たすことができます。つまりパブリッシャーにとっては、より安定的に広告収益を得られることになります。
―ブランド広告主がこれまでアプリ広告の出稿に積極的でなかった理由は何ですか。
廣瀬氏:広告の効果測定や透明性の確保という観点において、ブランド広告主の課題意識に十分に応じきれていなかったのだと思います。例えばアプリ広告においてはMMP(Mobile Measurement Partner)と呼ばれるアトリビューション計測企業が中心となってインストールの計測機能を提供してきましたが、ブランド広告主に対してはビューアビリティや滞在時間などを計測する精緻な機能が必要になります。
こうした需要にも応えられるように、PubMaticのOpenWrap SDKにはIAB Tech Lab が提供するOpen Measurement SDKが統合されているので、広告主がビューアビリティとキャンペーンパフォーマンスを測定することが容易にできます。
また透明性の確保については。ads.txtなど適切な広告在庫であることを示す仕組みが普及したことで、状況はかなり改善してきたのではないでしょうか。
―アプリ広告業界においては、IDFAの利用制限による影響も取りざたされています。
現在ではIDFAに代わる各種のIDソリューションが相当程度に普及しました。当社が取り扱うトラフィックの6~7割には既に一つ以上のID情報が含まれています。
OpenWrap SDKにも各種IDを受け渡す機能が装備されており、どのIDを利用するかについてはアプリパブリッシャーに選んでいただくという設計となっています。
パブリッシャーの業務負担をいかに軽減するか
―日本のアプリ広告市場に関する課題についてお聞かせください。
佐藤氏:広告マネタイズの視点では、日本市場はウォールドガーデンと呼ばれる大手広告プラットフォームへの依存率が異常に高いと思います。よって、ウォールドガーデンのCPMが低下すると、広告収益全体の低下により直結しやすくなります。
廣瀬氏:広告主側の視点では、プログラマティック広告やDSPを使いこなすには一定の知見とノウハウが必要となり、また手間もかかります。そうした手間を省きたい広告代理店が、ウォールドガーデンに依存した広告プランニングを用意し、広告主がそれを受け入れているというのが現状かと思います。
ただし、振り返ってみると、ウェブ広告もかつてはアドネットワークが主流で、プログラマティック広告の利用率はごくわずかでした。日本のアプリ広告市場が成熟していくに伴い、アプリ広告媒体の多様化が進んでいくのかもしれません。
佐藤氏:もう一つの特徴として、日本のアプリパブリッシャーでは開発作業がなかなか進まないという課題が挙げられると思います。海外と比較して広告マネタイズ業務に対応できるエンジニアが少ないのでしょう。また、広告マネタイズを推進する上では開発スケジュールも課題となります。具体的には、開発スケジュールが四半期~年間単位で組まれており、新たに差込で追加開発するのが難しいことが多いです。
新たにSDKを導入しようとして開発エンジニアに依頼すると、実装されたのが数カ月後でその頃にはもう次のバージョンが出ていたといった話も耳にします。また新たなシステムの導入時には不具合が生じ得ますが、リソースが限定的であるがゆえに、そうしたリスクを極端に嫌う傾向もあります。「一旦導入してみてうまく機能しなかったら次の手を考える」といったPDCAを高速で回している海外の先進的なパブリッシャーとは対照的です。
廣瀬氏:ウェブ広告であれば、マネタイズ専門部署を設けている企業が多くありますが、アプリ広告では一人の担当者が別の業務と兼任していることが珍しくありません。
OpenWrap SDKを導入すれば、すべてのデマンドソースとサーバーサイドで連携し、アップデート作業なども必要なくなるので、開発作業負担を大幅に削減することができます。
佐藤氏:パブリッシャーのリソースは本当に逼迫しています。担当者がマネタイズだけでなく、ユーザー獲得やコンテンツなどに関連したKPIをも追っていることが一般的です。fluctとしてはコンサルティングサービスを通じて、収益最大化や業務効率化などのお役に立つことができたらと考えています。
廣瀬氏:fluct社は、パブリッシャーに対して、様々なメディエーションプラットフォームの紹介を行っています。そうした他のプラットフォームとの比較を踏まえた上で、客観的な立場からOpenWrap SDKを活用したコンサルティングを行っていただけると期待しています。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。