Unified ID 2.0がIDソリューションの業界標準となるまでの布石とは[インタビュー]
サードパーティCookie廃止を受けて注目が高まるIDソリューションの中でも、オープンソースとして提供し、第三者機関の設立を通じて業界標準となることを目指しているのが、The Trade Desk社が提供するUnified ID 2.0だ。この事業モデルを採用するに至った経緯や日本市場での普及の見通しを含めて、同社の見解を聞いた。
(聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊)
オープンインターネットのためのIDソリューション
―自己紹介をお願いします。
The Trade Desk Japan 株式会社にて、主にSSPや媒体社との接続を担当するInventory Partnershipという部署のディレクターを務める白井好典と申します。接続先には、モバイルやデスクトップそして当社が強みとするコネクテッドテレビを始めとするOTT関連に加えて、デジタル屋外広告(DOOH)関連事業者などが含まれます。
―改めて貴社の事業紹介をお願いします。
The Trade Deskは2009年に米国のカリフォルニアで創業し、2016年には米国のナスダック市場に上場しました。DSP専業としてバイサイドの支援に特化していることが特徴的です。世界的に事業を展開し、日本オフィスは2014年に開設しています。
創業した2009年当時におけるインターネット広告業界は、アドネットワークを活用した広告運用が主流であり、広告の透明性が十分に確保できていない状況にありました。当社はプログラマティック配信を通じて、配信先や運用手数料を開示する仕組みを整備することで、DSPとしての地位を確立してきました。
またサードパーティCookieに基づくターゲティング配信向けのUnified ID 1.0に加えて、サードパーティCookieが利用できない環境下においてもきめ細かなターゲティングを実現できるUnified ID 2.0を初期開発しオープンソースとして提供するなど、オンライン広告業界全体の発展に向けて様々なソリューションを提供しています。
―Unified IDというソリューションには1.0と2.0がそれぞれあるということですね。
いずれのソリューションも、「インターネット上のコンテンツを無料で閲覧できる環境を維持するためには媒体社は広告収益を必要とし、そのためには広告主が求めるターゲットに関連性の高い広告を届けるという交換価値を引き続き提供できる仕組みを維持するべき」という考えに基づき開発しました。
その上で、Unified ID 1.0はサードパーティCookieを活用したものです。様々な広告配信面上でターゲティングを行うには、SSPやDMPといった異なる事業者がそれぞれ保有するCookie情報を紐づけることでユーザー識別を行わなければなりません。この作業を通じてシンク率を上げ正確かつ効率的にターゲティングを行う上で必要となる業界標準的なソリューションとして無償で提供しています。
ただし、Appleに続いてGoogleがサポート廃止を予定していることから、今後はサードパーティCookieが活用できなくなることが確実視されています。既に述べたように、これまでDSPを始めとする事業者は、広告枠を売買する際にサードパーティCookieに基づくID情報を電子的に伝達することで、オンライン広告の効率化を図ってきました。このID情報がなければ、ターゲティングもリーチやフリークエンシーの計測もできません。
そこでサードパーティCookieの代わりに、広告主様や媒体社様が持つファーストパーティデータつまりはメールアドレスや電話番号に基づくユーザー識別を安全な形式で行うために開発したのがUnified ID 2.0です。
ハッシュ値の一致でユーザーを識別
Unified ID 2.0の仕組みについてもう少し詳しくお聞かせいただけますか。
まず媒体社様の観点から申し上げると、ユーザーがウェブサイトやモバイルアプリを訪問し、初めてログインをした瞬間に、媒体社はユーザーがコンテンツへアクセスできる代わりにメールアドレスまたは電話番号などの個人情報となるPII(Personally Identifiable Information)を受け取ることのできる同意を得る責任を負います。そのユーザーがオプトインすると、媒体社はユーザーのログイン情報(メールアドレスまたは電話番号)を収集し、APIを介して選択したUIDオペレーターと情報の一部を共有します。オペレーターは次に、UID2の管理者(UID2エコシステムへのアクセスを管理する中央サービス)から受け取った暗号化キーを使用して、ログイン情報をハッシュ化(無作為に抽出された数字や英語の文字情報の羅列に置き換えること)、ソルト化、暗号化してUID 2.0 Tokenにします。UID 2.0 Tokenは媒体社に戻され、媒体社はSSPと共有します。SSPは、リアルタイム入札(RTB)時に使用する入札ストリームデータにUID 2.0 Tokenを含め、アドエクスチェンジやデータプロバイダはDSPにUID 2.0 Tokenを共有します。
次に広告主様の観点としては、広告主が保有する会員情報(ファーストパーティデータ)をハッシュ化、ソルト化した上でUID2識別子を生成し、DSPに設定します。RTBプロセスにおいて、SSPがDSPにビッドリクエストを送信する際に、UID2 Tokenを一緒に送信します。DSPはUnified ID2.0の管理者から複号キーをもらい、SSPから受け取ったUID2 Tokenを復号化してハッシュ値を受け取ります。そして広告主様が持つハッシュ値と媒体社様が持つハッシュ値が一致したときにターゲティングと効果測定ができるという仕組みです。
少し紛らわしいのですが、狭義の意味でのUID2はハッシュ化しソルト化した値を意味し、Unified ID Tokenはその値をさらに暗号化したものです。媒体社は暗号値をSSPに送り、広告主はソルト化したハッシュ値をそれぞれDSPに送るという点に違いがあります。
―サードパーティCookieが限定的であれ機能している現時点においては、Unified ID 1.0とUnified ID 2.0の両方を提供しているということですね。
はい。Unified ID 1.0は世界中で流通しています。一方のUnified ID 2.0は日本市場においては2年前に提供を開始したばかりであり、導入に当たってはファーストパーティデータ利用に伴う一部規約の変更などの準備期間を必要とするため、まだUnified ID 1.0ほどの利用規模には至っていません。
ただし、米国市場や他のアジア市場においては、既にDisney、P&Gといった著名企業が積極的に活用しており、媒体社がCPMを向上させた事例も多数報告されています。またAWS、Snowflake、Salesforce、Adobeといった大手データ事業者を始めとする周辺領域にも導入が進んでいます。
具体的な事例としては、高級調理器具メーカーのMade inと大手広告代理店のTatariがUnified ID 2.0を導入し、サードパーティCookieに基づくターゲティングと比較してユーザーのコンバージョンが22%増、コンバージョンに至るまでの期間が33%早まりました。
―他にもIDソリューションはありますが、どのような違いがあるのでしょうか。
一番の違いは、Unified ID 2.0は当社が開発したものの、オープンソース化しているのでオープンインターネット上の誰もが利用できるという点です。ID生成や利用に際して費用は発生しません。運用に関しても、最終的には中立的な第三者が運用を担うことが予定されています。
ID生成に当たって追加費用が発生してしまうと、広告費自体が増えない以上、その分だけ入札単価は低くなってしまいます。媒体社の収益を確保する上で、利用料を課さないという点は非常に重要であると考えています。
まずは媒体社の導入が本格化
―IDソリューションを用いずとも、媒体社が独自にファーストパーティデータを活用することはできるのではないでしょうか。
確かに媒体社は、ログイン情報などの確定IDまたはサポート廃止対象とはならないファーストパーティCookieなどの推定IDから性別や興味・関心といった情報を抽出し、PMPを通じてターゲティング可能な広告在庫を販売してくことが可能だと思います。
すべての広告在庫を純広告として販売できるのであればそれだけで十分ですが、実際には収益最大化を図る上では、アドネットワークやDSPといった第三者機関にも広告在庫を卸すのが極めて一般的です。その場合は、それら第三者機関との取引に利用できるIDソリューションが必要となります。
―Unified ID 2.0を導入するにはどのような作業が必要となるのでしょうか。
媒体社様の場合は、当社との契約を締結後、オープンソースであるGitHubに示された手順に従って技術開発を行っていただきます。またユーザー情報に関する利用規約の更新も必要です。各企業様の体制や規模によって大きく変わりますが、契約作業に1~2カ月、開発作業に2~3カ月ほど要するというのが一般的です。
広告主様の場合は準備作業がより簡素になりますが、ファーストパーティデータの利用に当たって、ユーザー情報に関する利用規約の更新はやはり必要です。
―メールアドレスや電話番号を取得するためのログインの仕組みを持たない媒体社はUnified ID 2.0を利用できないのでしょうか。
少なくとも現状では、残念ながらログインの仕組みがなければUnified ID 2.0は活用できません。ただし、過去1年間だけでも、ログイン化を進めた媒体社様はかなり多いと実感しています。
正直なところ、ログインの仕組みを設けるほどのユーザー層やリソースを持たないという媒体社様も存在するとは思います。そういった媒体社様にはログインを可能にする軽量化したシングルサインオンの仕組みの提供し、ログイン化のサポートも実施します。IDソリューションは広告収益化に対する意識が高く、かつログイン率が高い媒体社様から優先的に導入が進んでいくはずです。
尚、サードパーティCookieのサポート終了後は従来の仕組みではターゲティングができなくなるので、何もしなければ媒体社様の収益は確実に落ちます。当社技術に限りませんが、すべての媒体社がこのような事態を回避するために準備するべきと思います。
―日本市場での導入は今後進んでいくのでしょうか。
とりわけ日本市場は、Googleによるサポート期間延長の発表を受けて、サードパーティCookie廃止に向けた準備作業が後ろ倒しになったという印象を持っています。また確定IDよりも、推定IDへの対応が優先されたようにも思えます。媒体社のIDソリューションの導入検討が本格化するのはこれからでしょう。
IDソリューションの発展に当たっては、媒体社様側の導入の如何が鍵を握ります。広告主様側にはメールアドレスを含むファーストパーティデータを取得している事業者もいらっしゃいますので、一定の配信規模さえ整えば、IDソリューション活用の余地は非常に大きいと言えます。
将来的にはサードパーティデータを用いた類似拡張配信やコネクテッドテレビへの広告配信にも応用していく予定です。また今年1月には、広告主様が保有するCRMやCDPといったファーストパーティデータ基盤とUnified ID 2.0を円滑に統合するソリューションとなるGalileoをリリースしました。これらの動きを踏まえると、日本におけるUnified ID 2.0の普及は今年から来年にかけて本格化していくはずです。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。