「コミュニケーション開始前にユーザーの悩みや要望を把握」―HubSpotが追求するインバウンドの思想とは [インタビュー]
「インバウンド」という用語を耳にすると、訪日観光客向けのマーケティング施策を思い浮かべる人が多いのではなかろうか。米国発のCRMプラットフォームであるHubSpotは、この「インバウンド」をCRMの理想形を表す言葉として用いている。それでは彼らが目指す理想形とはどんなものなのか。日本市場の市況観と合わせて話を聞いた。
(聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野雅俊)
(ライター:同 渡辺龍)
インバウンドという独自の思想
―自己紹介をお願いいたします。
伊佐裕也と申します。CRMプラットフォームを運営するHubSpot Japanのシニアマーケティングディレクターとして、マーケティングおよびメディアリレーション、PRの責任者を務めています。グローバル企業やスタートアップ企業を経て、HubSpotには入社して3年半ほどになります。キャリアを通して、テクノロジーを介した事業成長や効率化に向けての支援に取り組んできました。
―CRM機能を開発する企業は多々ありますが、貴社はどのように差別化を図っていますか。
まずは「インバウンド」という独自の思想を掲げています。これは「相手から価値を引き出す前に、こちらから価値を提供し、関係性を築いた上で、顧客の成功と自社の成功につなげる」という考え方になります。
次に、CRMを中核に、セールス、サービス、マーケティングといった異なる部署がともに活用できるMA、SFA、CMS、CXツールなどをオールインワンで提供しています。この統一感と使いやすさは強みの1つです。
また1000以上の公式連携アプリを用意しており、例えばGmail上に記載された情報やSansanに登録された名刺情報を自動的にHubSpotに取り込むことなどができます。
さらにはプログラミング知識がなくとも扱えるというのも特徴です。例えば、新しくコンバージョンしたユーザーをナーチャリングするためのフローが用意されているので、このフローをドラッグアンドドロップを通じて選択いただくなどしながら、直感的に組み立てが出来るようになっています。
最後は課金方式です。顧客関係管理ツールは無料で提供しており、100万件までは顧客情報を自由に入力できます。また、マーケティングメールも2000件までは無料で配信可能です。
営業とマーケティングの情報共有はなぜ必要か
―CRMを中核として様々なマーケティング及び営業関連機能を揃えているとのことですが、各機能で用いるデータはそれぞれ連携しているのでしょうか。
はい。すべてデータ連携されており、またすべての機能が同じヘッダーの下に並んでいるので、新しいシステムに入り直す必要なく、統一感のあるUI上で営業担当者とマーケティング担当者が同じデータを参照することができます。
例えば、営業担当が見込み客とお話をする際に「マーケティング担当からどういったメールが届いているのか」といったことや、それらのメールを閲覧した回数などの情報も把握できます。またサポート対応実績なども表示されますので、「この方はユーザー登録に困っている」といったことを予め知ることができます。
こうした仕組みを通じて、営業活動を効率的に展開できるだけでなく、優れた顧客体験につなげることができるのです。このようにインバウンドとは、それぞれのユーザーが「何に困っていて、何をしたいと思っているのか」を予め理解した上でコミュニケーションを始めるための仕組みです。
―主な顧客層をお聞かせください。
米国で創業した時点では、スタートアップや中小企業の方々に最適なマーケティングツールでした。その後、CRMプラットフォームに発展したことに伴い、大企業のお客様も増えています。
業態の比率としては、B to B企業が6割、B to Cが4割です。B to Cなら不動産や人材リクルーティング、B to Bなら機械系など、検討期間が長く、製品単価が高い商材との相性が良い傾向にあります。
―CRMツールを使いこなすことができるマーケティング人材がそもそも少ないという話も耳にします。貴社としてはこの課題にどう対応していますか。
まずはツールを導入してから最初の3カ月が勝負です。この期間に実現したいゴールを設定していただいた上で、そのゴールに向けてどのようなステップを踏むべきかを示した導入支援プログラムを提供しています。ともかく導入後3カ月間で結果を出していただくことに注力しています。
その後は、お客様のニーズや規模に合わせて、お問い合わせにはカスタマーサポート部門が、新規機能の提案などについてはカスタマーサクセス部門が対応させていただいています。
またはお客様のご要望に応じて、これらの導入支援から運用代行までを広告代理店やウェブ制作会社を始めとするパートナー企業が提供する場合もあります。
営業からマーケティング主導に転換か
―CRMに関する市況観をお聞かせください。
これまで日本における事業環境においては、営業部門が既存顧客との接点を生かしながら新規開拓にもつなげていくことが多かったのではないかと思います。しかし今後は、新規ユーザーを開拓していく上でマーケティングが必要だという認識は広まって来ていると感じています。CRMは必須のツールとなりつつあります。
さらに、サードパーティCookieが段階的に廃止されていくことに伴い、顧客との接点の構築が課題の1つとなっています。Cookieに頼らない接点としては、メールや資料ダウンロード、ウェブ検索などが挙げられますが、これらをいかに活用して顧客体験の最適化につなげていくかが今後の鍵を握るはずです。
―貴社は国内のCRM市場においてどれほどのシェアを握っていると思いますか。
CRMツールに関しては様々な提供形態があり得るので、市場規模を算出するのが非常に難しいです。ただ当社が毎年2月に発表している実態調査によると、日本企業の営業組織でクラウド型のCRMをお使いいただいているのは全体の2割に過ぎません。つまり8割が利用していない現状を踏まえると、日本市場ではまだまだ伸び代があると捉えています。よって既存の2割の中で自社シェアを高めるだけでなく、これまでCRMツールを使用していない残りの8割に向けてのサービス展開が重要になると考えています。
―CRMをいまだ使ったことがない残りの8割を新規開拓する上での展望をお聞かせください。
繰り返しになりますが、HubSpotの強みは機能が統一されているからこそ使いやすいという点にあります。さらに、顧客情報が一元管理されて色々な人が同じ情報にアクセスすることで、簡単により良い顧客体験を提供できます。他社のツールでは、データ連携時にエンジニアや専任のリソースを必要とすることが珍しくありません。
それらのリソースが確保できる企業様であれば、柔軟にシステムを変更し得るそうしたツールの方が適している場合もあるでしょう。ただし、当社はその手前で悩んでいる方々に対して「事業成長を効率的に実現するために、ある程度まで形式が予め整ったツールを提供します」というご提案をしています。包括的かつ簡易なCRM関連機能を求めているというお客様には当社のツールがお役に立てると信じています。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。