ジオターゲティングにおける真の意義とは[インタビュー]
D2Cは、NTTドコモのスマートフォン向けメール広告配信サービス「メッセージS(スペシャル)®<以下メッセージS>」において、ユーザーのリアルタイムな位置情報データを活用した広告配信サービスを2020年6月より開始した。かねてから基地局から取得できる位置情報の広告配信への活用が検討されてきたが、本格的な運用例はまだ珍しい。
本サービスが実現するまでの経緯と今後の課題について、同社のモバイル広告事業の運営を担うD2Cドコモ広告事業本部 テクノロジー部門 プロダクト部担当部長の栗林 縫氏にお話を伺った。
(聞き手:ExchangeWire Japan 野下智之)
通信キャリアならではの広告商品
―改めて、貴社の広告事業についてご紹介をお願いします。
D2Cでは、NTTドコモ様からの委託を受け、同社の運営するモバイルメディアや保有データを活用した広告配信事業を運営しています。主には、予約型の純広告商品としてスマートフォン向けポータルサイト「dメニュー」におけるトップページのヘッダー枠を、また運用型広告商品としては「docomo DSP」や「docomo Ad Network」などを販売しています。
―「docomo Ad Network」はどのような媒体を束ねているのでしょうか。
ドコモのポータルサイトである「dメニュー」やニュースアプリの「マイマガジン」に加えて、通信キャリア企業ならではの「メッセージS」という携帯電話のメールアプリに広告配信ができることを最大の特徴としています。メッセージSは10代から70代に至るまでの多様な年齢層を網羅した3300万人(2020年6月時点)の登録者に対してプッシュ配信ができるユニークな媒体であり、他のウェブまたはアプリ媒体では決してリーチできないユーザーを多数抱えています。
このメッセージSでは、これまでドコモの契約者情報における年齢や性別等に基づく属性ターゲティングや、インターネット利用履歴に基づく行動ターゲティングを提供していたのですが、今年6月よりユーザーのリアルタイムな位置情報データに基づく広告配信サービスを開始しました。
プライバシーに配慮したうえで、精度の高い位置情報を活用
―「リアルタイムな位置情報」に基づく広告配信の仕組みについてお聞かせください。
携帯電話の基地局またはWi-Fiの位置情報に加えて、第三者が提供するアプリが取得した位置情報を活用することで、広告出稿企業様が予め指定した日時に特定のエリアを訪れたユーザーに対して広告配信をすることができます。
つまり予め設定したジオフェンスと呼ばれる仮想の境界線内に踏み込んだユーザーに対して、プッシュ型配信となる携帯メールを送信できるという仕組みです。
―これまで位置情報は活用していなかったのでしょうか。
もちろん各通信企業が位置情報の活用法についてこれまで検討を重ねてきました。ドコモ様は過去にWi-Fiの位置情報を使って来店計測を行ったことがありましたが、ターゲティング配信は今回が初めてです。ユーザーの個人情報保護に十分に配慮しながら位置情報を取得した上で、かつ広告配信に活用するというシステムを整備するのに数年間を費やしました。
―確かにプライバシー保護の観点からいくつかの課題がありそうですね。
位置情報を活用した広告配信を行っている通信キャリア企業様が他にいないわけではないのですが、「基地局からもデータを取得した上で広告配信に活用する」とここまで公正明大に宣言した例は過去になかったと思います。
それだけに、この取り組みは慎重に進める必要がありました。NTTドコモは、お客さまご自身が、パーソナルデータの取扱いについて、同意いただいた内容の確認や設定変更することができるパーソナルデータダッシュボードを提供しています。こちらの中で、位置情報の利用について同意を頂いたお客さまのデータを活用して、広告配信をしております。
位置情報とプッシュ通知で来店促進に強み
―どのような広告商材と相性が良いと思いますか。
まずは来店訴求やイベント集客です。例えばショッピングモールの近くをたまたま歩いていた消費者に対して、「今からモール中央の特設ステージでイベントを開催します」といった案内をするには最適だと思います。
また事前に調査を行ったところ、普段は新聞の折り込みチラシをご利用になっている広告主様からの関心が高いことが分かりました。この分野も今後開拓していきます。
―位置情報が活用できるのは、メッセージSのみなのですね。
もちろん「docomo AdNetwork」に含まれるウェブ面またはアプリ面にもジオターゲティングを適用できるのですが、ユーザーが移動している最中にウェブやアプリを見る機会は比較的少ないと判断し、少なくとも現時点ではプッシュ配信できるメッセージSのみを対象とすることにしました。
ただメッセージS以外の媒体と連動した取り組みについて言えば、今年3月にDOOHの配信プラットフォームを運営するLIVEBOARD様と一緒に、屋外広告との同時配信に関する実証実験を実施しました。コロナ禍による外出自粛期間中であったために十分なデータを収集することはできなかったものの、この同時配信でより高いCTRを達成できることは確認できました。
同時配信が良いのか、それともほんの少しずらすのが良いのか、またはあえて少し記憶が薄れてきたころにリターゲティング広告のような形式で配信するのが良いのか。さらには屋外広告を見た人は除外してメッセージSで補完すべきなのか、それとも両方で見せることでフリークエンシーを高めた方がいいのか。今後はこういった仮説についても検証していく予定です。
一巡したデータ活用、今後は自社データが鍵に
―インターネット広告全般でターゲティングが制限されつつあります。
確かにITPやIDFAのオプトイン化を受けて、ウェブまたはアプリ上でユーザーをトラッキングすることが段々と難しくなってきています。ただし、通信キャリア企業であれば、ITPやIDFAの影響は受けずに位置情報を取得できる。「docomo AdNetwork」は、オフラインで取得した位置情報を用いて、オンラインでターゲティングできるという独自の魅力を持った広告商品です。
過去10年間では、cookieや広告IDを用いることで配信面を横断するターゲティング技術が発展してきましたが、これらの技術が制限される見込みが高まってきたことに伴い、各配信面が保有する固有のユーザー情報の重要性が再び高まってきました。時代が一巡したかのような印象を受けます。このような背景から、メッセージSの媒体価値は今後より高まっていくのではないでしょうか。
―ジオターゲティングを展開する上での最も大きな課題は何ですか。
ジオターゲティングならではの課題として、広告配信だけでなく、その後のオフライン上でのコンバージョンの計測までが求められるということが挙げられます。
先ほども申し上げた通り、これまでにも来店計測を目的としてドコモ様が保有する位置情報を活用した広告主様がいらっしゃいましたが、効果測定はアナログでした。つまりジオターゲティングの真の意義とは、位置情報に基づいた広告配信だけではなく、オンラインの粒度でオフライン行動の分析ができることにあります。逆に言えば、これができなければ、広告主に対する価値を十分に高めることができない。ジオターゲティングの成否は、効果分析にかかっていると言えるでしょう。
―今後の取り組みについてお聞かせください。
まずメッセージSに動画広告のメニューを加えるべく準備を進めています。また現在はリアルタイムの位置情報を扱っていますが、今後はヒストリカルつまり過去履歴の活用も検討していく予定です。
さらにドコモ様はポイントカードの「dポイント」や決済サービスの「d払い」といったオフラインデータを取得できる各サービスを提供しているので、オフラインとオンラインを横断したデータ活用分野はまだまだ拡張できる余地があると考えています。データの「宝の山」が新たに見つかる可能性は十分にあるでしょう。
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。