「純広告と同様の質をプログラマティック広告でも担保へ」--朝日新聞デジタルが語るファーストプライスオークション移行の影響[インタビュー]
大多数のパブリッシャーが導入するGoogle Ad Manager(GAM)が、複数の大手広告配信プラットフォームに追随する形で2019年よりファーストプライスオークションに移行した。この移行を受けて、デジタル広告業界では今何が起きているのか。パブリッシャー側の見解を知るために、朝日新聞デジタルの現場関係者に話を聞いた。
(聞き手:ExchangeWire Japan長野雅俊)
セカンドプライスオークションの理念は失われていた
―自己紹介をお願いします。
朝日新聞社におけるデジタルイノベーション本部のカスタマーエクスペリエンス部WEBビジネスチームに所属する田中朗と申します。今年3月まで主に朝日新聞デジタルのプログラマティック広告の収益化を担当し、4月からはこのデジタル媒体における新規事業とコンテンツ提供に従事しています。
―貴社がプログラマティック広告の収益化に本格的に取り組み始めたのはいつ頃でしょうか。
2015年からSSPを始めとするプログラマティック広告対応ツールを本格的に導入し始めました。ちなみに当時はSSPはまだ誰もが手にできるものではなく、一部のプレミアムメディアのみが導入していました。よってSSPでフロアプライスの調整をした上での広告配信におけるCPMは現在よりも割高だったのです。
ただし、ウェブ広告在庫全体の増大とRTBの一般化に加えて、大多数のパブリッシャーが導入しているGoogle AdSense自体がSSP化したことで、SSPの希少性はかなり薄れてきたとの印象があります。
―セカンドプライスオークションに関する課題意識を持ち始めたのはいつ頃ですか。
2017年前後にどこかの広告配信事業者がヘッダー入札機能を装備した際に、合わせてファーストプライスオークション機能を打ち出していたように記憶しています。つまりヘッダー入札とファーストプライスオークションの存在を同時に知りました。
その時点で、セカンドプライスオークションは既に当初の理念とは大分かけ離れたものになっていました。本来は「高い値段を出す際の心理的な障壁を下げる」ためのものであったはずです。ところが実際にはセカンドプライスオークション制度におけるファーストプライスは「落札する権利を獲得するためだけに提示するもの」に過ぎませんでした。
つまり広告枠の落札価格となるCPMが実際には100円なのに、ファーストプライスは1万円で提示されている。広告枠を買う側は「どうせファーストプライスで買うことはない。セカンドプライスだけを吟味すればよい」という気持ちになるのも無理はありません。
広告枠を販売する側つまりパブリッシャー側は、この動きに対して最低落札額となるフロアプライスを設定することで値上げを試みてきました。先の例で極端に言えば、1万円と100円の間に1000円でフロアプライスを設定すると、落札価格は100円ではなく、1000円になります。つまりパブリッシャー側は「ファーストプライスよりも割安でかつセカンドプライスよりも割高な価格を推測してフロアプライスを設定する」という一種の職人芸的な作業をずっと行ってきたのです。フロアプライスが事実上のセカンドプライスとなっていた感があります。これに関しては1入札当たりの最適化ができるはずもなく、疑問点が多いものでした。おそらく実際にはほとんど意味がなかったのではないかとも思います。
広告取引の透明化と運用負担の軽減を実現
―貴社がファーストプライスオークションに移行したのはいつですか。
ほぼすべてのパブリッシャー側が導入していると思われるGoogleのAdSenseとAd Exchangeが2019年にファーストプライスオークションに移行した際です。パブリッシャー側としては、Googleが設定したスケジュール通りに変更が行われるのをただ見守るだけで、特に作業は必要なく、セカンドプライスオークションを維持するという選択肢も完全になくなりました。
―ファーストプライスオークションを導入したことで、どんな変化が生まれましたか。
最も高い入札額と落札額が同じになるので、取引の透明化は格段に進んだと思います。例えばDSPは広告主に対する説明がしやすくなったのではないでしょうか。またこの分野における参入障壁は今後下がっていくのではないかと思います。「セカンドプライスオークションって何」で止まってしまうことが今後はなくなるでしょう。
ただパブリッシャー側からは、SSPやDSPの動きが見えにくいという状況は依然として変わりません。まず自社のサイトユーザーがどういう属性であるかということ自体をすべて把握することは現実的には不可能です。加えてそれらのユーザー情報がSSPやDSP側でどのような見え方をしているか、そして広告主が広告を出稿したいと思うユーザー層であるかをパブリッシャー側は知り得ません。どのSSPからどのDSPを経由してどの広告案件にたどり着いたということが不明な場合もあり、またたとえ理論上は可能であったとしても、実際にそれらを一つひとつ点検するのは非現実的です。
―ファーストプライスとセカンドプライスの予測に基づいたフロアプライスの調整作業はなくなったのでしょうか。
ファーストプライスオークション及びヘッダー入札に移行したことで、運用の手間は随分と減りました。「広告配信におけるウォーターフォール設定の見直しを随時行い、3月は繁忙期だからフロアプライスを少し割高に設定しよう」といった作業が一切なくなったので、一カ月につき5営業日ほど節減できたのではないでしょうか。
逆に言うと、運用者としては人的に販売価格を上げられる余地がなくなったことを意味します。
―パブリッシャー側は収益化に向けて今後どのような運用を行っていくことになるのでしょうか。
ファーストプライスオークションになると、少なくとも訳が分からずオークションに負けるということがなくなります。すると、パブリッシャー側は広告主が本当に望む広告在庫をつくっていけるようにはなるでしょう。ブランドセーフティやアドベリフィケーションを担保し、視認率を高くして、ファーストパーティークッキーできちんとセグメント分けされた広告在庫を手売りの純広告だけではなく、プログラマティック取引でも販売できるようになる可能性があります。当社としても現在はDMP活用と合わせたPMP開発に注力しているところです。
―ファーストプライスオークション移行により、媒体収益にはどのような影響がありましたか。
収益に関しては、少なくとも大きな改善は見られませんでした。ただ同時期にはApple社によるSafari搭載のトラッキング防止機能(ITP)による影響も受けているはずなので、正直なところ、ファーストプライスオークション単体での影響についてはよく分かりません。ただ入札価格と購入価格が同じになることで、デマンド側が心理的に入札価格を上げにくくなったのでCPMが下がった、との見解を示す関係者はいます。
一方で、ファーストプライスオークションへの移行を実施したGoogleは、セカンドプライスオークションからファーストプライスオークションへの移行に当たっては変化が生じないようにする、との方針を示しています。収益面における両者の違いは見えにくいというのが実感です。
広告リクエスト増加によるインフラひっ迫の影響
―ファーストプライス移行によるデメリットはありましたか。
パブリッシャー側の話ではないのですが、ヘッダー入札とファーストプライスオークションへの移行により、DSP側ではトラフィックが圧倒的に増えています。ヘッダー入札では1回の広告表示につき、場合によってはパブリッシャーから数十単位のSSPに、SSPから百単位のDSPにリクエストを送ることになるので、取引データ量は相当なものです。インフラコストも合わせてかなり増えていると思われるので、DSPによるマージンの増加につながるかもしれません。
―日本のデジタル広告業界はすべてファーストプライスオークションに移行済みなのでしょうか。
はい、ほぼ完了したのではいかと思います。大手外資SSPが先んじてファーストプライスオークションに移行し、2019年よりGoogleが追随したことで国内大手DSPも対応せざる得なくなったのでしょう。
またインフラのひっ迫を受けて配信チャネルの整理を明言するDSPもあり、それによって結局は大手SSPの基準に準じることになった結果、ファーストプライスオークションに対応しない事業者は今後淘汰されていくのではないかと想像します。
ちなみに朝日新聞デジタルにおいても、収益上位層はすべてファーストプライスオークションによるものです。
―パブリッシャーにとっての収益化に関する全般的な課題意識についてお聞かせいただけますか。
ウェブにおけるRTB広告がターゲティング主流になって久しいと思います。昨今はブランドセーフティなどの文脈で「面」への注目もありますが、まだ多くは「人」中心のターゲティングです。当社のようなブランディングに強みを持つプレミアムメディアとしては勝負所です。ファーストプライスオークションへの移行によって、「オークションになぜ勝ったかまたは負けたか」が分かりやすくなった今だからこそ、DSP様やSSP様の協力も仰ぎながら、PMP開発などを通じてきちんとした広告在庫を整備していきたいと考えています。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。