日本の動画広告市場は新たな段階に突入―SpotXが語るポストcookie時代の動画マーケティング[インタビュー]
Netflixを始めとする本格的な映像ストリーミングサービスが普及するにつれ、オンライン上の動画広告に新たな変化が生まれ始めている。マーケターはこの変化をどう受け止め、そして実践につなげていくのか。インストリーム広告事業をグローバルに展開するSpotX社の見解を聞いた。
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日本の動画市場のこれまでと今後
―自己紹介をお願いします。
山下氏:SpotXの山下陽也と申します。当社は米国のコロラド州デンバーに本社を構える動画広告専門のSSP及びアドサーバー事業者として、インストリーム広告を中心とした様々な形態の動画広告配信に対応しています。
私自身は新卒で総合広告代理店に入社し、テレビ局の担当営業を経験後、大手流通系の広告主様を担当しました。デマンドとサプライ双方の経験を生かし、現在はSpotXでDemand Facilitatorとして広告主様と広告会社様を媒体社様にご紹介する役割を務めています。米国ではSSPとの直接的なやり取りを要望する広告主様や広告会社様が増えており、当社ではこの動きを先取りする形で日本市場での展開を図っている最中です。
高取氏:同じくDemand Facilitatorの高取亨佑です。前職ではECサイトの会員データと購買履歴データ、およびトレンドメディアの閲覧データなどを格納したDMPを構築し、このDMPに蓄積したデータを様々な形態で販売する事業に携わっていました。またトレンドメディアのアドネットワークやSSPなどのマネタイズも経験しています。
原田氏:「SpotX」の日本のカントリーマネージャーを務める原田健です。デジタル広告業界で約20年の経験を持ち、黎明期のバナー広告を皮切りに、アフィリエイト、リスティングとキャリアを重ねた後、2012年からはオーストラリアの独立系トレーディングデスクであるSparc Media(日本マネージングディレクター)でプログラマティック分野に移行しました。その後も国内最大級のトレーディングデスクs1o interactive(海外事業戦略室シニアディレクター)やフィンランドのSSP企業Kiosked(日本カントリーマネージャー)で、広告サプライチェーンと広告代理店のニーズに関する知見を深めてきました。
―過去数年にわたり、日本の広告業界では「動画元年」という標語が毎年のように掲げられてきました。日本の動画市場はこの期間にどのような発展を遂げたのでしょうか。
原田氏:これまで日本のオンライン動画市場と言えば、それはすなわちYouTubeを意味していました。YouTuberたちが制作したユーザー生成コンテンツ(UGC)が動画市場を支えてきたのです。
ただ米国や欧州では、Amazon Prime、Netflix、Huluといったプロの映像制作者たちが手掛けた映像コンテンツをオンライン配信するビデオ・オン・デマンド(VOD)のプラットフォームが既に整備されています。現時点では定額制動画配信のSVODが主流ですが、今後は広告付き動画配信のAVODが増え、本格的な動画コンテンツを無料で観ることができる機会が徐々に増えていくはずです。
また日本では民放テレビ局が共同で立ち上げたTVerというテレビ番組の無料配信サービスの存在感が高まっており、今後は次々と新規参入事業者が登場すると見込んでいます。
UGC動画とVOD動画での広告配信の違いとは
―広告配信面としては、UGC動画とプロの映像制作者が手掛ける動画ではどのような違いがあると考えていますか。
原田氏:UGCのほとんどはショートフォーム(短尺)の動画です。一方、TVerの見逃し配信で提供されるような本格的なコンテンツはロングフォーム(長尺)が主になります。米国のインタラクティブ・アドバタイジング・ビューロー(IAB)では、10分超のコンテンツをロングフォームとして定義しています。このロングフォームの中に、プレロールやミッドロールという形態でインストリーム広告を挿入することで、ユーザーがじっくりと広告を観てくれるような環境を用意するというのが当社の注力領域の一つとなります。
山下氏:当社のシステムを導入いただいている媒体社様での動画広告の平均完全視聴率は90%を超えます。長尺の動画コンテンツを観るための時間をきちんと確保したユーザーに対してスキップ不可の広告を表示しているので、これほど高い完全視聴率を達成できるのです。細切れの時間を使って垣間見るだけの短尺動画とは視聴態度が根本的に異なります。
高取氏:当社はTVerや米国のディスカバリーチャンネル様が運営しているDplayなどに対してサービスを提供していますが、これらの動画配信サービスのコンテンツはどれもロングフォームです。ロングフォームの動画の視聴者は、長尺の動画広告を観ることに比較的慣れています。
原田氏:ちなみにアウトストリーム広告でこれほど高い完全視聴率を出そうとすると、広告を表示する位置やタイミングについて相当に練る必要があるでしょう。
―こうしたロングフォームの動画配信面に対して出稿される広告は、ブランディングを目的としたものが多いのでしょうか。
山下氏:購買意欲を最大限に高めることを目的としたブランディング広告が大半を占めています。当社ではその効果を確かめるために、広告接触者と非接触者でどちらが購買意欲が高いのか、または態度変容が起きたのかを調べるためのパネル調査を合わせて実施しています。
高取氏:ただ今後は獲得系の案件も増えるのではないかと個人的には感じています。今まで獲得系のキャンペーンでよく使われてきたのは300×250pixelなどのディスプレイ広告ですが、この様式では商品に関する様々な情報を伝えきれない。一度に大量の情報を適切に伝えることができるインストリーム広告は、獲得目的でも活用できるはずです。
またブランディング広告と一口に言っても、既にユーザーに認知されているサービスや商品を扱うものと、真っ新な状態から認知を獲得するものでは内容は大きく異なります。最近では後者が増えているような印象です。日本社会の少子高齢化を受けて、日本企業が海外のユーザーからの新たな認知を獲得するために、当社が持つ米国や欧州のコネクティッドTVやオーバー・ザー・トップ(OTT)の広告在庫を買い上げる事例が増えているのだと思います。
山下氏:また最近ではゲームアプリによるブランディング広告の出稿が非常に増えていますね。
ポストcookie時代を見据えた新たなターゲティング
―動画サービスでは米国や欧州市場が先行しているとのお話がありましたが、これらの市場では動画広告事業においても先進的な取り組みが行われているのでしょうか。
原田氏:米国では媒体社がデバイスIDなどに関する情報をファーストパーティーデータとして集めています。そこで当社では「オーディエンスロック」というプロダクトを通じて、DSP側に送る情報を媒体側で制御できる仕組みを用意しました。DMPの構築と合わせてこの仕組みを活用することで、媒体社はファーストパーティーデータを活用した独自のターゲティングに基づく広告販売を行うことができるようになります。
―その仕組みは広告主にとってはどんなメリットがあるのですか。
山下氏:これまでデジタル広告業界はcookieに依存していました。ただ最近ではサードパーティーデータに対する規制や制限が強まり、業界全体がファーストパーティーデータへと関心を向けるようになっています。
例えば、男性、女性とターゲティングしたい広告主様がいるとします。サードパーティーデータを活用して該当のデモグラフィックユーザーへターゲティング配信することもできますが、上述のように規制が厳しくなりつつあるので、DSP側で把握できるオーディエンスボリュームが今後少なくなることが予想されます。
そこで、媒体のファーストパーティーデータを使用することができれば広告主様にとってより正確で、より大きなオーディエンスプールに広告配信をすることができるようになります。
高取氏:動画広告に関わる進化は、ターゲティング技術だけに留まりません。ついに日本市場でもインターネット広告費がテレビ広告費を上回り、またそのインターネット広告の成長を動画広告が牽引していることが、様々な市場調査で明らかになっています。インストリーム広告であれば、テレビCMと比較して低コストでしかもスマートフォンを始めとする様々な端末を通じて多種多様なユーザーにアプローチできる。この市場の成長及び技術の発展は、今後ますます加速していくと思います。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。