マーケターのファーストパーティーデータとの向き合い方を考える
ExchangeWireJAPANは、マクロミルと共同で、10月17日、「ファーストパーティーデータの集め方・使い方」と題されたセミナーを開催した。
セミナーには、食品、化粧品・トイレタリー業種をはじめとする大手消費財メーカーなどの広告主企業のマーケターが参加した。
そのデータ、どう扱うのか?
冒頭の挨拶で、株式会社マクロミル 統合データ事業本部 データマネジメントプラットフォーム部長 瀨川 順弘氏は、「マーケターの方からは、どんなデータを集めたらいいですか、貯めたらいいですか、使ったらいいですか、というようなお悩みをご相談いただくことが多い。」と、広告主企業のファーストパーティーデータへの向き合い方の現状について述べた。
そして、「より深い消費者理解やデータの蓄積、そして紐付けなどは進んでいるものの、データが沢山とれることによって不要なデータや偏ったデータも沢山存在してしまっている状況である。こういったところをよく見極めて使っていく必要がある。」と、目的をしっかりと設定し、その目的に応じて必要なデータを集めること、そしてこれを有効活用することの重要性を説いた。
量よりも質を追求し、数倍の投資リターンを達成
最初の講演は、森永製菓株式会社 広告部 松野 員人氏が登壇。同社のファーストパーティーデータの活用方法について紹介を行った。
森永製菓では、ファーストパーティーデータを大きく二つの方法で活用しているという。
一つ目は、ターゲティング広告の配信。森永製菓のHPや、ファンサイトに訪問してくれた人のデータのクッキー情報をDMPに蓄積し、これを使いターゲティング配信を行う。リターゲティングのほか、以前はサードパーティーデータに接続をして、拡張ターゲティング配信をしていたが、最近は、ターゲット拡張を止め、位置情報や、リアル店舗の購買情報を活用した広告配信を行っている。
そして二つ目は、”エンゼルPLUS”という、同社の会員制サイトでの活用について。消費者のお菓子の購買行動は、非計画購買が全体の約8割とも言われている。店頭で森永製菓の製品を手に取ってもらうには、森永製菓のブランドや製品を情緒的に好きになってもらうことが必要であり、ファンを育てて、ファンの方に森永製品を指名買いしてもらうとともに、自ら情報を発信してもらうことが、同施策の狙いであるとのことだ。
今年10月時点の会員数は26万人、月間PV数60万-70万、UU数7-8万という規模に及ぶ”エンゼルPLUS”の存在意義は、会員との直接的なコミュニケーションを通じて、森永製菓や森永商品のファンを増やし、会員自身からのポジティブな情報拡散や、森永製品の購買の他にも、商品企画や販促などへも活用することにある。
松野氏は「”エンゼルPLUS”の取り組みは、森永製菓の社員自身が直接取り組み、会員とコミュニケーションをとることが重要である。」とし、消費者と双方向のコンテンツ作りも含めたサイトの運営や全国15都市に及ぶリアルイベントの開催も含め、森永製菓の社員が前面に立って運営をしていることをポイントにしていると述べた。
松野氏は、ファンを増やす取り組みとして、森永製菓と会員、あるいは会員同士のコミュニケーションの場としてのサイト作りや、全国でのリアルイベントの開催、商品を売ろうとしないこと、継続的な取り組みをすることなどを挙げた。
“エンゼルPLUS”の活動成果として、”エンゼルPLUS”の会員については、NPS数値がとてもポジティブな数値として現れているという。また、アンケートにより得た会員と一般消費者との森永製菓商品年間購入金額の差分から、同社が”エンゼルPLUS”に投資した金額に見合う経済効果がリターンとして得られていると試算しているという。
森永製菓のこのような取り組みは、ファーストパーティーデータ、すなわち顧客データの先には、同社の商品を購買し、そしてこれを支持してくれるファンである消費者がいて、テクノロジーが発達した今も変わらず、人を介して消費者としっかりとコミュニケーションをしていくことが大切であることを改めて認識させられる。
データは、間違っていても構わない
続いて、株式会社Sparty代表取締役社長 深山 陽介氏が登壇。同社は、設立後3年。消費者がオンラインで頭皮や髪の状態、なりたい理想の髪など、9つの簡単な質問に答えてもらい、約三万通りの中からパーソナライズドされたヘアケア製品を提供するサービスを行っている。
このヘアケア製品は、1か月6800円で定期販売を行っている。一度利用した消費者は、フィードバックをし、その結果が更に製品に反映されるというヘアケア体験を提供。事業開始後約半年で5万人規模のサービスへと急成長を果たし、その後も成長を続けている。
深山氏は「データの活用というと、AIを使って最適化するというような考え方になりがちだが、我々の思想は全く異なっている。大前提として、美容の理想的なあり方というのはとてもあいまいなものである。消費者が入力する9つのアンケートデータをもとに、あいまいな嗜好を形にしてあげる。この形にしてあげるところのプロセスについては、仮に間違っていても構わない。正しさよりも、納得感を作ってあげることが重要である。消費者からのフィードバックを貰い、処方を変更しながら選ぶ過程を一緒に楽しむ。」と、データ活用に関する独自の考え方を語った。
ファーストパーティーデータを起点に、ヘアケアというテーマにおいて、消費者と寄り添い、悩みを一緒に分かち合いながらパーソナライズされたヘアケア体験を提供するという、データの活用こそが、同社のビジネスモデルそのものとなっている。
同社では、顧客の1IDをもとに、セールスフォース上、全てのデータを紐付けて見ることが出来るようにしている。データの種類は、最初に入力する9つのアンケート回答や、実際に購入したヘアケア製品の処方、それに対するフィードバック、購買チャネルに関するデータ、その他居住地や年齢などに及ぶ。
同社が提携する美容室に来店したお客は、同社のヘアケア製品を使って美容師が髪を洗い、これを気に入ったときに、スマホを通じて購買するフローを作っており、美容室からの購買データもすべて同社に蓄積されるようになっているという。同社顧客の消費動向については、提携する美容室とも共有をしているとのことだ。
CRM目的でのデータ活用も徹底しており、コールセンターの担当者は解約申し込みをしてきた電話口の顧客データをセールスフォース上で全て確認をすることが出来るようになっており、その結果をもとに新たな処方を提案し、非常に高い解約阻止率を実現している。
必要ファーストパーティーデータをどう定義するか
パネルディスカッションでは、ファーストパーティーデータをテーマに、松野氏、深山氏、瀬川氏を交えた議論がなされた。
モデレーターのExchangeWireJAPAN長野から「各社ファーストパーティーデータを手間をかけて整備しているが、こと広告配信に限っては精度の高いデータを持つ広告プラットフォームを使うなどすれば、そこまで必要ないのではないか。サードパーティーデータで十分であるという割り切り方もあるのではないか。」という問題提起をし、各社におけるファーストパーティーデータを整備して持つことの意義について改めて問いかけた。
森永製菓の松野氏は、「当初は、DMPに1000万人分のファーストパーティーデータを集めて、これを広告配信に活用したが、ターゲティングをしてもプッシュ型のコミュニケーションでは、思ったような成果が出なかった。一方で、森永製菓の製品を大好きでいてくれる”エンゼルPLUS”の会員を集めて好意的な情報発信を発信してもらうことで成果につながった。」と答え、ファーストパーティーデータの量を求めるのではなく、自社製品とのエンゲージメントの高い、いわば同社にとって質を備えたファーストパーティーデータを整備することの重要性を説いた。
Spartyの深山氏は、「前職の総合広告代理店時代には、クライアントにサードパーティーデータデータを使った広告配信を提案してきた。DMPを使った広告配信もお手伝いしたが、やはり限界があることを感じていた。色々なサードパーティーデータデータを組み合わせていったときに、これって本当に信憑性があるのだろうか?ということを課題として持つようになった。自社内のデータだけでは足りないのでサードパーティーデータを組み合わせることは大事だが、それで最適化をするのはつらいという考えに至った。そしてこのことが、商品を作るところからファーストパーティーデータを使うのはどうであろうか。という今の事業の着想につながった。」と述べた。
マクロミルの瀨川氏は、これまで多くの広告主のデータ活用の現状を見てきた経験をもとに「そもそもファーストパーティーデータがなぜ必要であるかに立ち返ることが必要。例えば、消費財メーカーのHP来訪者のデータを扱う場合、企業によってはこのデータを活用しようとして、HP来訪者=顧客と定義してしまう場合がある。しかしスーパーやドラッグストアなどの小売店舗を通して商品を販売していて、自社ECがない場合、この判断は非常に危険である。データを活用することで施策の方向が間違ってしまうケースもあるため、ファーストパーティーデータであっても活用の際には目的を定め、取得元や質に気を配らなくてはならない。」とマーケターがファーストパーティーデータと向き合うときの注意を促した。
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。