「マーケターがマーケターであるために」―アドテクとマーテクの先を見据えたSpeeeの「PAAM構想」
一時期に比べて、進化がやや滞ってきているのではないかとささやかれているアドテク業界。成熟しつつある市場が次に向かうべき方向性とは一体何なのか。その答えと思しきものを見つけ出したSpeee社の大宮拓氏が、独自の「PAAM構想」について語った。
(聞き手:ExchangeWire Japan 長野雅俊)
マーケティングを再定義した「PAAM構想」
―自己紹介をお願いします。
Speeeのマーケティングインテリジェンス事業本部/PAAM事業部部長の大宮拓と申します。2012年にSpeee入社後、大手クライアントの開拓プロジェクト責任者を経て、2013年10月よりアドテク事業の立ち上げから事業グロースまでを担当。2015年にネイティブアドプラットフォーム事業を創出し、現在はPAAM(Predictive Analytics and Marketing)事業の責任者を務めています。
―PAAMとは一体どんなものなのでしょうか。
本事業の立ち上げには、約1年半の準備期間を要しました。きっかけとなったのは、広告活動などの「マーケティング・コミュニケーション」の本来の役割とその未来のあるべき姿についての議論です。デジタルマーケティングの現状では、購買などの短期的な"行動"に直接働きかける「プロモーション」というごく一部の機能ばかり特化されている印象がありますが、本来的な意味での「マーケティング・コミュニケーション」は、もっとずっと広範で長期的な範囲を対象としているはずです。
我々は消費者の"行動"だけでなく、その前後に連なる"態度変容"の全体像をデザインすることこそが真の意味でのマーケティング・コミュニケーションであると再定義しました。しかし、この全体像の実情を把握し適切に管理していくためには、マーケターの膨大な工数とコストが必要であることや、リアルとデジタルの双方に跨る消費者行動を高度に管理できる人材が少ないことが大きな障壁となっていました。そこで、今後はデータやテクノロジーを活用することで、できるだけ人の手を介さずに消費者の態度変容をどのように起こすのかを重要な課題として据えることにしたのです。この課題意識を事業化及びプロダクト化していくというのが、「PAAM構想」です。
―いわゆるアドテク(広告技術)とマーテク(マーケティング技術)を統合したようなものと理解してよいのでしょうか。
PAAMでは、取得データを製品戦略や事業戦略にも活用することを想定しています。世間一般では「マーケティング」という用語がプロモーションという狭義でのみ使われていることが多い現状においては、「アドテクとマーテクの統合」という表現だけでは、やや物足りないというのが実感です。
DMPやCDPといったアドテク関連に加えて、顧客関係管理システム(CRM)や統合基幹業務システム(ERP)など、今やあらゆる分野でデジタル化が進められ、それぞれの領域において様々な製品群が既に存在していますが、これらデジタル化されたデータをすべてつなぐハブのような機能をプロダクト化していくというのがPAAM構想の根幹にあります。
なぜ異なるデータを容易に統合できないのか
―「あらゆるデータを統合し、あらゆる目的に活用する」という構想自体は以前から様々な業界で掲げられてきましたが、うまくいっていない印象があります。次々と事業買収を重ねた大手事業者でさえも、アドテクとマーテクを統合することは難しいようですね。
一つには、プロダクトが異なれば、設計思想も根本から異なるので、データの保存法や活用法がそれぞれ異なります。すると、共通のキーがなければ、違う種類のデータを統合することはできない、ということになります。この問題を解決しようとすると、例えば違う種類のデータを連携させるためのAPIを書くエンジニアが必要になるなどして、莫大な費用が発生します。
もう一つは、「何を目的としてデータを統合するか」という戦略や概念を明確化させていない場合があります。この場合は、目的さえきちんと整理することができれば、データを統合し、利活用させることは比較的容易なのではないでしょうか。
―貴社はそれらの課題をどのように解決しようとしているのですか。
前者の費用やリソースの課題に関しては、当社のサービスが標準化されるまでは、完全に解決することはできないというのが正直なところです。現状では、当社の社員が出来る限り知恵を絞って、データとデータをハブ特性として解決しています。いずれはデータをつなぐキーのようなものを簡易的に発行したり、欠損データをうまく穴埋めするような仕組みを開発することで少しでも高い付加価値を提供したいと考えています。
後者の目的整理についての課題に関しては、当社が事業会社として運営されていることで、ほぼ解決できていると理解しています。つまり、当社は広告会社でも、SIerでもないので、特定の広告枠や自社プロダクトを販売しなくてもよい。多くの場合、「何を目的としてデータを統合するか」の設計が混乱してしまうのは、別の目的の下でつくられた他社の商品なりサービスを、何とか無理やり自社の課題解決に適用させようとするからです。当社であれば、各社の目的に沿った設計を行うことができます。
そう聞いて、「どこの会社もそうした綺麗事を言うんだよな」と思われたかもしれません。でも、これが現場を歩き回って感じた正直な思いです。だって、我々のような規模の会社に実際に依頼が来るのですから。当社では、まったくのゼロベースからシステムの開発を行うということはまずありません。多くの場合、大手ベンダーが開発を手掛けたものの、うまくいかないということで我々が呼ばれることが多いわけです。
―それらの大手ベンダーが、今まさに莫大なリソースを投じて、本格的なデジタルトランスフォーメーション支援を展開しつつあります。貴社はどのように差別化を図ろうとしていますか。
大手ベンダーは、これまでプラットフォーム運営を通じて、いわゆる「ベンダーロックイン」と呼ばれる中央集権型の事業モデルを展開してきました。ただこの事業モデルにももはや限界が見え始めてきています。最近では「情報の収集はA社のプロダクト、分析と統合はB社のプロダクト、利活用と運用はC社のプロダクト」といった具合にシステムが複雑化しています。しかもそれぞれのプロダクトは既に成熟し、各プロダクトに合わせて各社の業務そのものが設計されているので、既存のプロダクトをゼロから入れ替えるというのも現実的には難しい。
そうであるならば、今必要とされているのは、複雑に入り組んだ高度な各プロダクトを包括的にかつ簡易に使うことができる仕組みでしょう。まさにその領域にこそ我々のPAAM構想が担うべき役割があるのだと信じています。
現段階ではすべてテーラーメードのサービス
―PAAM事業について、いくつか具体的な事例をご紹介いただけますでしょうか。
まだ駆け出しなので事例は少ないのですが、トヨタ自動車株式会社様が展開する高級車ブランドのレクサスによる、パーセプションフローモデルを活用したコミュニケーション実行基盤の設計・構築支援を行っています。また横浜マリノス株式会社様向けに、外部要因による変数を加味した試合来場者を予測した上でプロモーションの最適化を行う仕組みを提供しています。
現段階では、データを収集、蓄積、統合、分析・利活用するまでの包括的業務やその概念をPAAMと呼んでいる状況です。そして例えばデータ収集において必要であれば、CDPの構築支援を合わせて行う。つまり、コンサルティング業務を通じてデータビジネスについての目的の整理を行い、その目的を実現することが難しい場合には、実行するためのエンジニアリング・サポートまでを行うということです。その意味ではすべてテーラーメードのサービス内容となっています。今後は、当社のブロックチェーン技術を基盤としたデータプラットフォームであるデータチェーンとも接続していく予定です。
―どのような業種・業態がPAAMを最も有効に活用できると思いますか。また製品戦略から広告運用までを俯瞰するテクノロジーの使い手として、具体的にはどのような部署で働く人たちを想定しているのでしょうか。
当然のことながら、データ量が多かったり、精度が高いデータを保有している会社が最もPAAMを有効に活用できると思います。また年間数千万から億単位の費用が発生するので、一定の事業規模が必要となります。
部署に関しては、例えば「経営企画室」や「デジタル推進室」といった部署や、特定のブランドのマネージャーといった横断的な権限を付与されたご担当者の方々にご利用いただいています。事例作りの段階にある現時点では、「イノベーター」や「アーリーアダプター」と呼ばれるこうした方々が主な対象になります。
ただ中長期的には、どの部署の方でもアクセスが容易な仕組みを提供したい。例えば、会社としてはデジタルトランスフォーメーションを掲げているが、明確にゴールが決まっていないというケースは非常に多いです。何をすればよいかよく分からない、でも会社には貢献したい、という漠然とした思いを持つ方々さえもサポートできるような敷居の低いサービスを提供できるようになればと思います。
マーケターは人に向き合えていない
―製品開発から広告運用までにわたる包括的なデータを第三者と共有することに懸念を示す企業もいるのではないのでしょうか。
まず先に挙げた例について言えば、当社が自動車製造やサッカークラブ運営に乗り出すということはあり得ないので、心配はご無用かと思います。さらに言うならば、消費者が劇的に変化しているこの時代に、果たしてデータを活用せずに競争優位性を出していくことができるのでしょうか。
もちろん、データの機密性や漏洩の可能性に対する漠然とした不安は常につきまとい、そうした不安に対して当社は向き合っていかなければいけないとは思います。ただし、スマートフォンを日常的に利用し、商品券を得るために住所や電話番号などを平気で記入する一方で、交通系ICカードに保存された移動情報がマーケティング目的で利用されることは問題視されるという社会状況には違和感を覚えます。無用な不安を解消すべく、啓蒙活動を行うことも我々の役割の一つとなるでしょう。
―啓蒙活動を行えば、日本企業によるデータの利活用は進んでいくと思いますか。
消費者自体の変化が速いので、関連テクノロジーの変化も非常に速く、企業はその動きについていかなければなりません。ここ1、2年で対応できている企業とそうでない企業の差が少しずつ開いてきていて、いずれはすべての企業が対応を余儀なくされることになると思います。一般企業が本気になった後で、ベンダーや広告会社がやっと本格的な対応を始めるようになる。当社はその先手を打ちたいです。
―最後に一言をお願いします。
大量生産・大量消費してモノをどう動かすかという時代から、人の動きをどう察知して、どう人を動かすか、そのためにはどのようなサービスや製品が必要かを考える時代へと変化してきています。かつては日本中どこでも誰でも同じような暮らしをしていましたが、今は情報を取得する手段も時間も趣味嗜好も様々で、それを分析するのに膨大な時間と手間がかかるようになりました。
その分析を行なう上で、例えばデータの集計業務などは機械に任せればいい。ただそのデータに一定の解釈を加えた上で、どのような示唆を得るかというのはマーケターの仕事です。「人間の手より一回り大きなサイズの商品が良い」とか「これぐらいの深みがある緑色を基調としたデザインがしっくりくる」といった判断は、とてもではないけど機械にはできません。また新しいアイデアは、人と向き合うことで生まれるはずです。
それなのに、どの企業のマーケターもいつも急がしく働いていて、時間がないと言う。しかも社内のレポーティング業務で忙しく、人に向き合う時間がないというのが現実です。これは明らかにおかしい。PAAM構想が描く世界観を実現することを通じて、マーケターが真の意味でのマーケターとして働くことができるような環境を整備することができればと願っています。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。