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fluct 小澤氏に聞く-改めて理解する国内プライベートマーケットプレイスの現状とその真価 [インタビュー]

近年注目されているプライベートマーケットプレイス(PMP)は、特定の買い手と売り手とが、優先取引案件を配信することが可能なシステム。もともとは欧米で発達した仕組みだが、近年は国内でも取り扱いが増えつつある。そのうちの一社が国内SSP最大手のfluctだ。Googleと提携し、優先取引やプライベートオークションなどのPMP機能を持つ「Double Click Ad Exchange」の導入支援を決定した同社では、PMPの現状とその本質、今後の可能性をどのように見ているのか。fluct取締役の小澤 昇歩氏に聞いた。

(聞き手: ExchangeWire Japan 野下 智之)

PMPは「限られた売り手と買い手が取引できる市場」

―PMPとはどのようなものかについて、お聞かせください。

fluct 小澤 昇歩氏

PMPとは、RTB取引の取引方法の名称です。たまに誤解されるのですが、PMPの「事業者」はいません。あくまで取引の方法の名前です。なので、PMPと同列に話さなければならないのは、オープンオークションです。

オープンオークションは、PMPが出てくるまでの主流でした。要は「誰でもどうぞ買ってください」という方式です。ヤフオクと同じで、多くの方に来てもらい、お金を出せば誰でも買えるわけです。

一方、「誰でも買える」ではなく「限られた一部の人だけが買える市場をつくろう」それがPMPの考え方です。例はいろいろありますが、例えばあるコンサートのチケットを、ローソンチケットに来る前に、年会費を払っているファンクラブ会員にだけ事前に買えるようにするとか、航空会社が航空券を一般の人に売る数日前に、上級会員の方々に優先して売るとか、そういったものをイメージいただくといいと思います。メディアの広告枠を優先的に開放して、限られた方に売る。もちろん値段は高くなることが多いのですが、それでも欲しい人はより買える可能性が高まるので嬉しいわけです。

 

―VOYAGE GROUP、fluctさんそれぞれとしてのPMPとのかかわりについてお聞かせください。

fluctは、自社プロダクトのSSP「fluct」に加えて、GoogleのGCPP(Google Certified Partner Program:サイト運営者向けGoogle認定パートナー)として、Google AdSenseとDoubleClick Ad Exchangeをメディアに提供しています。

SSP「fluct」も、PMPの提供を一部開始しているのですが、現在は、PMPを希望されるメディア様向けには特にGoogleのDoubleClick Ad Exchangeを多く提案しています。理由は、PMPを行うようなプレミアムなメディア様向けの機能が非常に充実しているからです。PMPでは、今までのオープンオークションと違って、設定や最適化がいろいろ複雑で大変なんです。データのつなぎこみも必要だし、見なければならないレポートも膨大です。それをすべてカバーするためにはプロダクトのパワーがかなり必要になります。そこで当社では、PMPをお考えのプレミアムなメディア様向けにはGoogleのDoubleClick Ad Exchangeをメインで提案しています。

―PMPのような考え方はそもそもなぜ生まれてきたのでしょうか?

背景はすごく簡単で、オープンオークションが生まれた時は、サプライサイドは広告を「とにかくたくさんの人に買ってほしい」という時代でした。「より多くの人と繋ごう!」ということでSSPも DSPもお互いの接続数を争っていました。このとき、日本のSSPの接続先DSPは、恐らく30社から50社くらいが平均だったかと思います。

そうなると、自分の在庫が一斉に30社や50社にわっと投げられるわけですね。すると何が起きるかというと、SSPはお預かりしているお客様の枠が、実際にどの商流のどのお客さんが買っているのか把握がどんどん難しくなり、管理ができなくなっていったんです。また、たとえばよく知らない海外の小さなDSPと接続をした場合、その先のクライアントが本当に信頼できる買い手かわからないのです。そうなると、プレミアムなメディアの多くは、そういうところには、怖くて出せないということが起こります。

広告主も、DSP経由で買うのはいいけど、どのメディアに出るのか分からなすぎる、本当にブランド価値を毀損しないのか、という問題が出てくる。プログラマティックで取引がオープンになることはいいけれども、ある程度「こういうところに出したい」、「こういうところには出したくない」という制限をお互いがしたくなる。そのような背景から、ある程度クローズドな市場のニーズが高まり、できたもの、それがPMPです。

枠よりも、良いものを買える優先度が価値

―PMPとは、買い手からするとメディアや枠を囲い込んで、いいものを買うという買い方かと思いますが、ターゲティング指定が可能な、プレミアムと呼ばれるアドネットワークと比べると、どのような点でメリットがあるのでしょうか。

fluct 小澤 昇歩氏広告主にとってのPMPのメリットとは、枠を指定して安全に買えるということもそうですが、優先度高く買えることだと思います。同じ飛行機の座席だけど一般より早く予約できるところに価値がある。同じサイトに対して、Googe AdSenseでも配信できるけど、お金を出してでも競合より先に広告を出したい。それがPMPの価値だと思います。

―PMPというのは、売り手と買い手がそれぞれオープンオークションよりも上位レイヤーであると認識していますが、プラットフォーム、買い手、売り手のうち、誰が主導してはじまるのでしょうか?

いろいろなパターンがあるのですが、一番基礎的な例でお話ししますと、例えば、SSPがある枠をオープンオークションの前に、PMPで限られたDSPにだけ優先して売りたいとします。もしくはDSPからSSPに対して、優先配信をさせてほしいとお願いされたとします。この場合、まずSSPとDSPが優先配信を行うことを同意する必要があります。これはオンラインで行えるところもあれば、電話やメールなどアナログな方法で行っているところもあると思います。

DSPとSSPが優先配信を行うことが決定すると、SSPは1つ1つのDSPに対して優先配信許可設定をします。そうすると、実際のRTBのシステムに、共通の取引IDが付与され、配信が行われます。また、DSP全体では優先配信を行わなくても、この広告主さんであれば優先取引をする、といったこともあります。

一方で、買う側のDSPは、優先配信が許可されても、どこが優先配信できるのかわかりませんよね。SSPは優先配信でなるべく高く買ってもらいたいために、自分たちの枠、ユーザー、メリットなどが載っている広告枠のカタログのようなもの作ります。登録すると、その情報はSSP経由で各DSPに行きます。DSPはいろいろなメディアが商品として載っているECサイトのような画面から、一覧で広告枠(つまり商品)全体を見ることができます。まさに枠や想定ユーザー、価格が網羅的に掲載されているECサイトのようなイメージです。

こういう機能を、先進的なグローバルのDSP、SSPなどは持っており、PMPに対応しているのです。

先進的なところですと、この管理画面に取引のためのコミュニケーションまで完備しているところもあります。たとえば、あるSSPを使っているメディアが、自社のメディア情報をDSPに管理画面で送ったとします。一方で、あるDSPを使っている買い手が、「この枠は配信したいけど高いな」と思ったとします。そうすると、チャット機能を使い、買い手側がメディアの担当者と値下げ交渉をすることが出来ます。交渉が成立すると、その管理画面から自動で取引IDが付与されるという仕組みです。まさにヤフオクやメルカリ、フリルといった、CtoCのマーケットプレイスのような機能が備わっているんです。日本のローカルのDSP、SSPでここまでカバーしているものはあまり見かけませんが、グローバルではここまで作りこんでいるところもありますね。

―実際に売買取引のやり取りをしているのは代理店とメディアなのでしょうか。

概念で言えばメディアと広告主ですが、実際はメディアと代理店、あるいはメディアの代わりにSSPが担当します。SSPは、商社のように、お預かりしている広告枠を仲介して、より買われやすい名前を付けたり、サイトの説明文などをわかりやすくしたり、実際にDSPに営業したりします。自分たちのメディアしか見ていないと気づかないところも、膨大なメディアを日々見ているSSPなら、特徴や押しポイントもよくわかるんです。ほんとにお店ですね、ポップ書いて値段つけて売るという。

米国などはトレーディングデスクが発達していて、彼らが取引しやすいようにシステムを介した売り手とやり手の取引が定着しています。しかし日本は始まったばかりで、売り手と買い手はみんな知り合い、というような状態です。ですので、いまはシステムを介すよりも、電話やメールのほうが早いというのが現状なのですが、そのうち電話やメールは面倒くさいから管理画面を通したやり取りが普及・定着するようになるでしょう。

プレミアムメディアが高い関心

―PMPについて、メディア側の反応はいかがでしょうか。

正直申し上げて、これまで広告主側のシステムはどんどん発展してきていたなかで、SSP側も十分な技術革新をメディアに提供できていたかというと厳しかったところもあるんです。DSPやアドネットワークを駆使しても、収益性を劇的に高めることには正直限界がありました。PMPではそれがゲームチェンジする可能性があると思っています。きちんとやり方を間違えずにやれば、本来のメディアの価値を正しく評価してもらえるので、プレミアムメディアを中心にPMPの取り組みを始めています。とても関心は高いと思います。

―メディアがPMPのメリットを得られるかどうかは、その規模は関係あるのでしょうか。

よくこの質問を聞かれるのですが、回答はシンプルだと思っていまして、「その枠、そのメディアが広告主さんに価値があるか?」ということだと思います。価値がある、優先しても買いたいと思われるような強みがあれば、たとえば規模が小さくても、メリットを得られる可能性はあります。例えば10万PVだけど不動産分野にすごく強みがあるなどというような特徴です。逆にどれだけ規模が大きくても、優先しても買いたいと思われるような特徴がない場合は、メリットを得にくいと思います。

―メディアから、PMPの導入により純広告販売への悪影響を懸念する声はないのでしょうか。

皆無ではありません。ですが、影響が出るかどうかは、運営次第であるとも言えます。たとえば純広告より高いときだけ入札するような設定ができるものを選べば、そのあたりのリスクを減らせるかもしれません。そのあたりのすごく細かい設定やチューニングにおいて、DoubleClick Ad Exchangeは非常に優れているなと感じます。もちろんそれらの素晴らしい機能が、今の日本の市場に本当に必要かと言われると、実は現在のフェーズでは多くの企業で必要ないってものもあると思うのですが、機能競争であれば、DoubleClickだけではなく、グローバル企業のプロダクトは、やはり強いですね。

―メディアがPMPを導入する時に、まとまったコストや工数はかかるのでしょうか。

メディアさんが自分たちで全部やるとなると、調査したりタグを貼り直したりといったコストが必要かもしれません。私たちのようなコンサルティング機能を持った企業にお願いすれば、コストも工数も、基本的にはあまりありません。しかし一緒にがんばっていくという気持ちは必要です(笑)たとえば当社でDoubleClick Ad Exchangeを導入していただく場合は、事前に双方のスタンスを合わせるために色々とお話しをします。とりあえず一か月入れる、というようなスタンスの場合は、私たちのほうからお断りしています。

導入にはABテストも必要ですし、現状の洗い出しや、広告に対する考え方、スタンスなど深くお聞きします。ですから、中長期的なスタンスで臨んでいただかなければ、対応は難しいのです。パートナーシップを組んでやると思っていいただく気持ちが必要です。

―PMPという言葉のイメージでいくと、買い手からは、メディア価格の底上げになるのではないかという反応はないのでしょうか。

メディア価格の底上げになるのはその通りで仕方ありません。ただ広告主の方にも、それ以上のメリットがあるとは思います。今後、オープンオークションでいい枠を買うことは、現在よりも難しくなるでしょう。

PMPも最後はヒトの運用力、「センスがないと扱えない」

―PMPが普及していく過程でなにかボトルネックになることは考えられますか。

結局は運用面だと思います。メディアもそうだし広告主もそうですが、現時点でも広告市場全体で「運用する人がいない」という問題がよく挙げられています。ところがPMPはもっと運用負荷が高い。枠を登録して、情報を整理して、非常に面倒なのです。きちんと継続して運用をすれば、変化する広告主のニーズを理解し、メディアは収益をよりあげられる可能性があるのですが、逆に運用しないと収益性は継続しません。波の多い性格なのでPMPは特に運用が重要です。

広告主もこれまでのオープンオークションから、PMPが増えて、まるで先物取引のバイヤーのように膨大な情報から瞬時にジャッジする能力が求められます。直近はそこがボトルネックになりそうですね。日本の会社はまだまだ多くのワークフローにおいて人力が多いので、運用コストが爆増すると思います。単に人を増やすだけなら簡単ですが、PMPを含めた近年のプログラマティック取引の場合は、センスがないとだめです。そういう人は、売り手側、買い手側、私たちSSPにとっても簡単に増やせない。そこがボトルネックですね。

―PMPの運用の領域は、自動化は難しいのでしょうか?

今後、ある程度までは自動化していくとは思いますが、どこまでいっても最後は人が必要だとは思います。個人的にはPMPというのもツールなので、人が運用してある程度知見がたまらないと、そもそも自動化も何もないと思いますね。

―海外では、パブリッシャーが連携してオーディエンスデータを共有し、広告の付加価値を高めるような仕組みが出来ています。日本でもこのようなことは起こるでしょうか?

日本でもあると思います。ですが、個人的には日本でその手のメディアアライアンスを組むには資本関係が必要ではないかと思っています。実際にどのようにデータを取り扱っているのかは詳しくは知りませんが、メディアアライアンスを構築していくという意味だと、例えばSyn.(Supership)やDeNAなどはうまいなと思います。

―SSPが中心となってそのような取り組みをすることはないのでしょうか。

SSPが中心になり、ユーザーのデータを共有するのは非常に難しいのではないかと感じています。メディア側にあまりメリットがないのではないかと思いますね。プライバシーの問題点もあります。複数のサイトから情報を集めて名寄せをしていくと、どんどん個人情報に近くなってくる。そうなるとSSPに多くの個人情報が集まることになるので、これまで以上に厳格な管理とユーザーへの対応が必要になります。

PMPの普及でメディアの努力が報われ始めている

―今後のPMP市場について、どのくらいのポテンシャルで見ておられますか。

fluct 小澤 昇歩氏

プログラマティックの取引で、半分はいってほしいと思っています。単価が高いので、売り上げで言うともっとかもしれません。プログラマティック全体のオープンオークションとすると、その中でいうとインプレッションはそんなになくても、PMP経由して取引された量でいうと半分以上くらいになりえるとは思っています。

PMPを入れれば必ずうまくいくと考えるのは間違いです。実際にお金を出してくれている広告主の意見をキチンと聞いて、広告主の指標に合うような枠を試行錯誤しながら作り続ける事が重要です。一気に効果がある事は珍しいので、結果を受けてPDCA回していく作業をどれだけ積み上げていけるかが重要だと思います。

「PMPの価値とは何か?」それは、メディアが正しい努力をすれば報われる、ということだと思います。今までメディアの努力は、必ずしも価格に反映されていませんでした。リターゲティングやカテゴリ配信が主要な中で、商品を頑張ってPRしても、あまりその価値に気づいてくれる人は少なかった。しかしPMPは商品を持っている側がプッシュできる仕組みなので、いいメディアはより売れていく。もちろん従来のオープンオークションやアドネットワークだっていい仕組みなので、どっちがいいとか悪いとかそういうのじゃないと思うんですよ。メディアさんがちゃんと考えて適切なプラットフォームでマネタイズすればよいと思います。ただ、選択肢がどんどん増えていますから、何も知らないと損をしたり、ひどいと騙されたりするわけですね。したがって、このあたりの動向に対してアンテナを張っておくことはすごく大切だと思いますし、その努力はこれまで以上に報われると思います。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長  

慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。

国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。

2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。