分断されたアプリ広告市場でいかに統合的な施策を実現するか ―PubMaticが提言[インタビュー]
米国、欧州、そして他のアジア諸国と比べて、日本のアプリ広告市場はやや特殊といった意見をしばしば耳にする。グローバル展開を行うアプリ広告事業者が日本市場では早期の撤退を余儀なくされたり、海外での成功体験が日本では全く通用しなかったという話には事欠かない。日本のアプリ広告市場が抱える課題とは何なのか。大手SSPであるPubMaticのアプリ広告事業統括者の見解を聞いた。
(Sponsored by PubMatic)
日本のアプリ広告市場の現状
―自己紹介をお願いします。
世界的独立系セルサイド・プラットフォームのPubMaticにて、モバイル事業のバイスプレシデントを務めるラシャン・ファンと申します。2019年に入社し、アジア太平洋地域におけるモバイル事業の統括責任者などを経験。現在は米国や欧州を含めた全市場・地域のモバイル事業の統括に加えて、新規市場の開拓及び技術開発などに携わっています。
―日本のアプリ広告市場に対する印象をお聞かせください。
ややウェブマーケティング偏重の傾向があるようです。eMarketerによると、2023年における広告費全体の中に占めるアプリ広告の割合は30%。同47%の韓国、同78%の中国との差は歴然としています。日本市場でのスマートフォン普及率の高さを鑑みると、やや奇妙な現象です。日本市場ではアドネットワークを基軸としたウェブマーケティングがデジタルマーケティングの根幹になっているというのが一番の要因ではないでしょうか。
アプリ広告業界は細かく分断されているため、統合的な施策を展開する上では一工夫が必要です。またデータを最大限に活用するには、ウェブマーケティングとは異なる知識や運用技術が求められます。こうしたアプリ広告ならではの知見がもっと広まりさえすれば、日本のアプリ広告市場は大きく発展していくと思います。
―ウェブ広告にはないアプリ広告の魅力とは何ですか。
最大の利点は、モバイル端末だからこそ取得できるデータを生かして、ウェブ広告よりも細かい粒度でターゲティングができるということです。この事実はすなわち、ユーザー体験の最適化をよりきめ細かく行うことができるということを意味します。
ウェブとアプリで異なるデータ活用法の違い
―ウェブとアプリでは広告運用形態がどのように異なるのでしょうか。
例えば、ウェブマーケティングではよく「大手2000サイトの中からCookieマッチングができる広告在庫をまとめて買い付け」という手法がよく取られています。これはユーザーの閲覧または行動履歴データに相当するサードパーティCookieを利用することで、数千単位に及ぶ媒体上でまとめてターゲティングを行うことができるからです。
一方のアプリマーケティングにおいては、Cookieを用いることができず、また業界が細かく分断されているため、同一のターゲティング基準で大量の広告在庫を買い上げることが難しい。そこでまずは広告主が求めるオーディエンスのプロフィールを設定し、その条件を満たした広告在庫を買い集めるという手法を取ることが多くなります。
―ウェブでサードパーティCookie廃止が課題となっているように、アプリではIDFAの利用制限による影響が取り沙汰されています。
確かにIDFAの利用制限はアプリ広告業界に大きな影響を与えました。しかしながら、モバイル端末からはほかにもユーザーの属性や行動の推定に役立つデータを取得できるので、ウェブ広告におけるサードパーティCookie廃止と比較すると、その影響は限定的です。
例えばApptopiaやdata.ai (旧App Annie)といったデータプラットフォームは、端末IDを用いずに、つまりプライバシーには抵触せずに、各アプリのユーザーを推定する様々なデータを整備しています。SDKを提供するNumber Eightは、モバイル端末の内部センサーを利用することで、ユーザー行動を解析しています。こうしたデータを活用すれば、非常に粒度の細かいターゲティングが引き続き可能です。
―アプリ広告はインストールや課金額などを示すデータに基づく広告の最適化には優れている一方で、商品やサービスの認知度や好感度を高めるためのブランディング施策には向いていないとの印象があります。
確かに日本市場に限らず、世界的に見ても、広告主はブランディング施策においてはアプリ広告に対して慎重な姿勢を取る傾向にあります。アプリ広告関連事業者が乱立しているため、アドベリフィケーションを適切に行うのが難しいと思われているというのが一つ。もう一つは、アプリ広告在庫の多くをゲームアプリやマンガアプリが占めており、一部の広告主がゲームユーザーやマンガ読者はニッチな存在であるといった偏見を持っている場合があるからと考えています。ただし、様々な調査などを通じて、現代のゲームやマンガアプリのユーザーは多様であり、様々な性別、年齢、年収のユーザーがいることが既に明らかになっています。
―アプリ広告では広告不正が多いという印象を持たれている点についてはいかがですか。
広告不正については、ウェブ配信面もアプリ配信面も同程度のリスクを抱えていると思います。ただし、bot技術がアプリに対して適用しやすいことや、インストール直後に不正クリック情報を送信するクリック・インジェクション、さらには広告のクリックをユーザーに代わり大量に実行するクリックスパムといった比較的高度な不正がアプリ広告で顕著であることから、「アプリ広告では広告不正が多い」との印象が一部で広がってしまったのでしょう。
こうした課題を真摯に受け止めたインタラクティブ広告協議会(Interactive Advertising Bureau, IAB)や広告効果測定ツールの提供企業などが今では様々な対策を打ち出していることに加えて、ビューアビリティやアテンションといった不正を見抜くための指標も開発されています。以前に比べて、広告不正のリスクはかなり軽減されました。
分断された市場で統合的施策を実現
―不正を防止するための様々な仕組みが開発されたとしても、アプリ広告業界が分断されているがゆえに統一的な枠組みが用意されないのであれば、安全性を確保できないのではないでしょうか。
当社はサプライサイド向けにプロダクトとテクノロジーを提供するオムニチャネルのSSPとしてだけでなく、広告主や広告代理店向けにも直接的に広告在庫を提供しています。そしてGoogleを除くと、広告在庫におけるads.txtの設置率が最も高いSSPです。不正防止を目的として媒体社が認定した販売者を記録する仕組みであるads.txtに当社が記載されているということは、すなわちその広告在庫は当社が直接的に仕入れたものであり、正体不明の事業者が介在する余地がないことを意味します。
また広告在庫の品質管理を行う専門部署を設けると同時に、媒体指標協議会(Media Rating Council, MRC)認定の広告品質評価ベンダーであるIntegral Ad Science社やWhite Ops社などとも提携しています。当社の広告在庫をご利用いただくのであれば、アドベリフィケーションに関わる課題の大部分は解決し得ます。
―分断されたアプリ広告業界においても統一的な品質管理は可能ということですね。
さらに当社はアデレード社との提携を通じて、アテンション指標にも対応しています。アテンション指標はコネクテッドテレビ広告においてとりわけ重視されていますが、アプリ広告にも有用であると考えています。
従来のアプリ広告は、クリックやユーザーのエンゲージメントの有無などによってその効果が評価されてきました。しかしながら、近年増えてきたゲーム内広告には、これらの指標は相応しくないと感じています。ゲームをプレーしている最中に広告をクリックすることは少ないと考えられるからです。今後はゲーム内広告ではアテンション指標が代わって用いられるようになるのではないでしょうか。
―今後のアプリ広告市場の見通しについてお聞かせください。
先ほど申し上げた通り、iOSにおけるIDFAの利用制限はアプリ広告業界を揺るがしました。さらに2024年にはandroidにおけるGAIDの廃止も予定されていることから、これまでアプリ広告予算の大部分を占めていたいわゆる獲得型の広告キャンペーンは見直しを余儀なくされ、代わってブランディング目的での広告配信が徐々に増えていくはずです。つまりアプリ広告業界は、データを駆使し、ダイレクトレスポンスとブランディングの双方の広告予算に対応していくことが求められています。
アプリ広告業界は常に進化を続けており、進化のスピードが非常に速いです。日本のアプリ広告市場は現状ではやや保守的ですが、言い換えれば発展の余地は大いにあるということでもあります。来るべき未来を見据えながら、日本のアプリ広告関係者のお役に立つことができたらと考えています。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。