「サードパーティCookie廃止は形勢逆転の好機」‐LiveRampのパブリッシャー向けソリューション「ATS」とは [インタビュー]
IDソリューションの提供とファーストパーティデータの活用支援を行うLiveRamp社は、パブリッシャー向けに、ログイン認証をトリガーとして、ピープルベースのIDを作成し、流通させるソリューションであるATSを提供している。このATS とは何なのか。誰がどう使って何の役に立っているのか。海外市場の最新動向と合わせて、来日したシニアバイスプレジデントのトラビス・クリンガー氏に話を聞いた。
(Sponsored by LiveRamp)
ATSの仕組み
―自己紹介と事業紹介をお願いします。
グローバルデータ接続プラットフォームであるLiveRampにて、Addressability & Ecosystem担当のシニアバイスプレジデントを務めるトラビス・クリンガーと申します。当社がパブリッシャー向けに提供するATS(Authenticated Traffic Solution)を統括する立場にあります。
450社を超える当社の顧客には、MicrosoftやHearstなどのパブリッシャー、The Trade Desk、MediaMath、Xandrといったテクノロジー企業、Facebook、Google、Twitterなどの広告プラットフォーム、Hulu、Roku、Tubiを始めとするコネクテッドテレビ事業者などが含まれます。こうした企業様には、パーソナライズされたユーザー体験を提供することを目的として、ATSをご活用いただいています。
―ATSの概要についてお聞かせください。
当社では、ID管理及び活⽤ソリューションとして、主にLiveRamp Safe Haven (LSH)とATSという2つの仕組みをご用意しています。LSHは、主に事業会社がCRMデータを個⼈を特定できない形に変換した上でオーディエンスの管理や、インサイト分析、またセグメンテーションを行うためのプラットフォームです。一方のATSは、主にパブリッシャーがユーザーのログイン認証または会員登録時にログインユーザーIDとして使われているメールアドレスからRampIDを⽣成するためのソリューションとなります。
例えばクレジットカード会社であれば、プラチナカード会員やゴールドカード会員といった会員別に異なるメッセージを送るために、LSHを通じてCRMデータを匿名化した上でパブリッシャー側にいるユーザーと接続します。一方のパブリッシャー側は、ATSを通じて自社の広告在庫をRampIDを活用して、事業会社がコミュニケーションしたいユーザーに繋ぐことで精緻なターゲティング機能を装備できるのです。この仕組みを通じて、サードパーティCookieやモバイルデバイスID、IPアドレスがなくともユーザー体験をパーソナライズすることができます。
ATSの仕組みについてもう少し詳しくお聞かせいただけますか。
端的には、パブリッシャーからログイン認証時に送られた、ログインユーザーIDとして使用されているメールアドレスをハッシュ化してLiveRampに送り、LiveRampはハッシュ値からRampIDを作成します。RampID作成直後に受け取ったハッシュメール情報は削除されます。パブリッシャーは、受け取ったRampIDをアドサーバーで純広的な運用、またはプライベートマーケットプレイス向けにSSP、さらにはオープンエクスチェンジの場合はDSPとも接続といった具合に、どの事業者と共有するかを自由に選ぶことができます。
一方のマーケター(事業会社)側は、LSH上で管理している自社データをRampIDと照合します。RampIDを使用することで、マーケターは安心そして安全な形でパブリッシャーが持つデータと自社が持つデータを重ね合わせ、自社の顧客が今まさにどの媒体上にいるかを把握することができるのです。
なお、Google が2022年に発表した、広告主とパブリッシャーのファーストパーティデータを安全に照合するためのプロトコルソリューションであるPAIR(Publisher Advertiser Identity Reconciliation)のサポートも今年(2023年)4月にはUS市場から順にグローバルで開始する予定です(日本でのサポート開始タイミングは未定)。
―データの安全性はどのように確保しているでしょうか。
メールアドレスを匿名化しています。ターゲティングにおいてこれまで重用されてきたサードパーティCookieの場合は、パブリッシャーのデータがDSPやSSPに流出する可能性がありますが、ATSではそのような事態が起きることはあり得ません。
また、最も重要なのは、ユーザーが自らのデータを管理できるという点です。サードパーティCookieは、ユーザーが預かり知らぬところでページの閲覧情報が収集されていたというのが一番の問題でした。ATSにおいては、ユーザーが自分が登録をしている特定のパブリッシャーと、ログイン情報として使われるメールアドレスを匿名化した上で活用します。その安全性は、Microsoft、Google、Appleといった個人情報の保護を推進する大手プラットフォームが当社のソリューションを採用しているとの事実によっても証明されています。
―プライバシー保護を目的としたデータ活用においては、データクリーンルームも注目されています。
データクリーンルームは確かにプライバシー保護に有効な手段の一つですが、一方でデータをクリーンルームの中に閉じ込めることになるので、データ連携が制限されてしまうというのが課題です。そこで当社は、エコシステム全体として異なる事業者同士によるデータ連携を促進することを目的として、データそのものではなく、匿名IDを共有するための仕組みであるLSHを構築しました。データクリーンルーム内のデータとLSHを連携させることも容易にできるので、かなり実用的な仕組みであると自負しています。
ログイン率を向上させるための知恵
―IDソリューションは拡張性に欠けるのではないかとの指摘がなされています。
グローバル展開においては、コムスコア社が発表しているメディアランキングの上位20位までに位置するパブリッシャーの大半がATSを利用しています。また日本市場では既に20社以上にご利用いただいており、今後はデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム社やマイクロアド社 との事業提携を通じて、日本事業のさらなる拡大を図っていきます。当社としては、デジタルマーケティングを展開するに必要なユーザー規模は既に一定数を確保していると考えています。
―ATSはユーザーのログイン認証時に入力するメールアドレスを匿名化する技術であると伺いましたが、ログイン機能を持たないパブリッシャーはATSを利用できないということですか。
仰る通り、ログイン機能などを通じてユーザー自ら個人情報を入力してもらう必要があります。そのためには、パブリッシャーは、まずユーザーとの信頼関係を構築しなければなりません。具体的にはメールマガジンへの登録や、記事に対するコメントを積極的に提供してくれるようなユーザーを集めたり、育てたりする必要があります。
逆に言えば、サードパーティCookieが機能していた時代には、パブリッシャーはユーザーのエンゲージメントがなくとも、とにかくサイトさえとりあえず訪問してもらうことができればデータを取得することができました。ポストCookie時代にはそうは行きません。ユーザーにID情報を提供してもらうことと引き換えにそれ相応の価値を提供しなければ、ユーザー情報を取得することができないのです。
―ただし、少なくとも現状の日本市場においては、ログインを必要とせずとも閲覧できるウェブサイトが大多数を占めるのではないかと思います。
いわゆるウォールドガーデンはログイン情報を有効活用することで大きな事業成長を果たしてきました。オープンインターネットのパブリッシャーができない理由はありません。冷静になってよく考えていただきたいのですが、例えばSNSプラットフォームは一般人が投稿した何気ない日常的な内容を閲覧するためだけにユーザーはわざわざログインしています。プロの書き手や映像制作者によるコンテンツとなるとログインできないというのは何ともおかしな話です。適切な仕組みさえ用意すれば、見たいコンテンツを見るためにユーザーはログインするはずです。
また必ずしもすべてのインプレッションにログインが必要なわけではありません。ログイン率が1%以下のパブリッシャーがATSをご活用いただいている事例もあります。広告主にとっては、自社の顧客が外部サイトを訪問した際に適切なメッセージを届けたいだけであり、パブリッシャーごとのログイン率など気にも留めません。たとえ数は少なくとも、優良なユーザーと深い信頼関係を構築することが何よりも重要です。
―そうは言っても、これまでログインなしでコンテンツを公開してきたパブリッシャーが、ログインの仕組みを導入するのは難しそうな気がします。
一つ具体的な事例をご紹介させてください。天気予報のコンテンツを用意しているパブリッシャーと話をしたことがあります。正直なところ、天気情報を入手する手段は山ほどあります。しかし、そのパブリッシャーは、天気に関するニュースレターを配信しており、そのニュースレターをクリックすると、ログインが案内されるという仕掛けをつくることで、ログイン率を向上させました。同様の工夫は、他のパブリッシャーでも行うことができるかと思います。
ピンチはチャンス
―その他いくつか具体的な事例があればお聞かせいただけますか。
MicrosoftやTechCrunchといった大手パブリッシャーは、ATSの活用を通じてCPMを40%向上させました。パブリッシャーにとって、かなり貴重な追加収入源になっていると思います。
マーケター側の観点としては、やはり個人情報保護が強化される中で、データ活用が非常に難しくなっています。ATSは、EU一般データ保護規則(GDPR)、カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)、ブラジルの個人情報保護法、そして日本の改正個人情報保護法にも対応しており、かつリーチ、パフォーマンス、クリック率、そしてROASを改善させた事例を豊富に有しています。
―日本市場に対する課題意識をお聞かせください。
日本市場にはデータが溢れているにも関わらず、データが十分に活用されていないというのが現状であると認識しています。さらにはオフラインのチャネルにおけるメディア支出がいまだ多く、デジタル化の余地はまだ大きく残されているのではないでしょうか。
またこれは日本市場に限定した話ではありませんが、ウォールドガーデンの市場シェアが非常に高いことも気にかかります。米国では既にGoogleやFacebookの収益が減少傾向にあり、独立系のパブリッシャーの機会が増大しています。日本市場の独立系パブリッシャーにとっても、今が好機です。サードパーティCookieが廃止されたことで、ログインが積極的に奨励されるようになり、その結果としてウォールドガーデンと独立系パブリッシャーが同じ土俵に立つことができるようになったからです。独立系パブリッシャーにとって、サードパーティCookie廃止は形勢逆転に向けた好機であると私は考えています。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。