アドテク“ザ・談会”-2022年を振り返り2023年を見通す
池袋から春日通りを東に進むと、上りにさしかかった不忍通りとの交差点がある。その一角にある雑居ビルの一階を少し奥に進んでいくと、やや不愛想な建物とは似つかわしくない、お茶を愉しむ空間が設えられている。
前々日あたりから訪れた冬将軍のせいであろう。それなりに強い日差しも太刀打ちできないような底冷えで思わず身震いしそうな12月中旬の午前、一組の男女がひと時この場所で、故郷の言葉で語らい合った。そして、長年愛着のあるアドテク業界の2022年を振り返り、そして2023年を見通した。
(聞き手:ExchangeWireJAPAN 野下 智之)
★登壇者
香川 晴代氏
Index Exchange 日本担当 マネージングディレクター
香川:遅れて、すんません。今朝は帯結びに手間取ってお待たせしてしまいました。
高広:月曜日やからか道路が渋滞してしもて、こっちも間に合うんかどうか、危ういところでしたわ。
香川:実は、高広さんとこんな風にお会いして二人でお話するのは初めてで、今日を楽しみにしてました。いつも、和装でお洒落したはるのは、Instagramでお見かけしてました。
お互いの共通の知り合いは大勢いはるけど、これまでお仕事でご一緒することはあらへんかったしね。
高広:そうですね、こちらはGoogle、香川さんはOverture(オーバーチュア)で、それぞれ検索連動型広告を提供する広告プラットフォームで仕事をした時期がありますけど、直接の仕事の絡みはまったくあらへんかったんですよね。
香川:業界では数少ない着物仲間やし、以前から一度飲みに行かんとねって言うてましたけど、コロナのせいで、実現できてへんしね。それに、高広さんは京都に住んではるんかと思てました。
高広:確かここ数年は、京都におることが多かったんは間違いないで、京都におるときにSNSによく投稿してたんで、それ、よう言われます。笑。
で、香川さんと知り合ぉてから、もうかれこれ10数年も経つんやねえ。
香川:もっとです。笑
かれこれ20年近く経ちますよ。
日本のCPMが低い背景
高広:そういえば香川さん、最近Web人賞を取られたそうですやん。おめでとうございます。
香川:ありがとうございます。Web人賞を受賞できたのは、プレミアムメディアの価値を啓蒙する活動を続けてきたことをご評価いただいたという背景なんです。
広告予算がウォールドガーデンに偏っているなかで、OpenWebにもっと投資をしていきましょうと、業界各所に啓もうしてきたんです。特にコンテンツを作っているパブリッシャーに、より公正な予算配分を広告主の皆様にお願いしたいと主張してまいりました。日本のデジタル広告平均単価は、イギリスのCPMの半分、アメリカのCPMの40%しかなく、正当に評価されていない状況なんです。
高広:そもそもなんで日本のCPMが安いかって話。これ2つの要因があると思うてるんです。
もう今となっては大昔な懐かしい話やけど、ネット広告の初期はメディアレップがメディアガイドを作って、各媒体の説明や広告枠の月間impだとか、その価格とか掲載して、枠の売買がされとったやないですか。
で、媒体が月間何impの広告在庫を持ってて、例えば500万impであればなんぼ、1000万impであればなんぼっちゅう感じで、ぎょうさん買うたら安くなるってのが、もう”価格表”として載ってしまっていた。
それってつまるところ、たくさん買うたらimp当たりの単価が安くなるっていう、ある意味最初から値引きの額が実質「定価」になってたわけですわ。で、そこから更に値引きとかもしてたもんで、impあたりの金額、つまりそれは1000impになおしたらCPMになりますけれど、最初から売値買値が安くなる仕組みになってしまってた。これが一つの要因。
あともう一つは、もともと日本のネット広告の枠を売るのに、新聞広告の売り方がデジタルに持ち込まれたこともあるんちゃうかなあ、と。
あんまり知られてへんけど、「インターネット広告」の黎明期は、新聞広告の出身者が多かったように思う。で、その先人たちが作った広告枠の売り方って、新聞の枠の売り方を踏まえたもんやった。新聞広告って、枠数決まってて、それぞれの発行日の紙面に広告枠がどんぐらい埋まってるか、つまり売れてるかなわけですよ。
もう忘れられてると思うけど、昔ってネットの広告枠も、曜日別に売られてたやないですか。あれ、新聞広告の売り方の踏襲。すごい単純化して説明してまいますけど、「月〜火」「水〜木」「金・土・日」とかで分けて、それぞれ何impの在庫があって、と。例えば「月〜火」で1500万impあったとしたら、それを500万impでわけて、「月〜火」で3枠だと。
同じように、「水〜木」も1500万impで500万impが3枠、「金・土・日」は週末はアクセス数が減るんで、3日あるけど同じように1500万impで3枠。で、一週間に合計で広告枠は「9枠」になる。で、営業の現場では、「この週は9枠中何枠売れた」いう話してたし、そもそもCPMみたいな「量り売り」はされてへんかった。なので 「 1 imp の価値」みたいな話はほんま聞く機会ほぼなかった。
でもこの売り方、黎明期では売りやすかったわけですわ。しかも「何枠」っていう考え方使えたから、売る側も管理が楽。でも落とし穴があったと。新聞の広告枠っちゅうんは、最初から枠数が決められる。部数によるリーチの変化はあっても、広告枠数はいきなり増えたりせぇへん。
一方で、インターネットメディアの場合は、そのメディアのPVがどんどん増えてしもたら、そんだけ広告枠の imp も増えるわけやから、それをどんだけ分割しても、「広告枠」そのものが増えてしまう。
そしたらどれだけがんばって営業かけても枠が埋まれへんようになってくる。そうすると、今度は売値をディスカウントをしてでも枠を埋めようっちゅう力学が働く。そもそもメディアガイドでもボリュームによるディスカウントの売値書いてあるのに、そこからより安い売値・買値になってしまうもんやから、CPMがどんどん安くなっていく構造になってしもうたと。
日本のデジタル広告のCPMが海外と比べて極端に低い原因は、こうした歴史的な背景があると思うてるんです。なので、CPMを上げるのは容易やない。
ここまでが、デジタルの世界での「広告枠」の売買に関する歴史的要因がCPMの低さを生み出したのではないか、という話なんですけど。あともひとつ付け加えるとすると、広告業界のプレイヤーの変化による構造的な話もあると思うんです。
もともと、いわゆる総合広告代理店っていうんは、ネットの広告枠を新しいビジネスとして、でもそれまで売ってきたテレビとか新聞とかのマス広告枠と同じような売り方で、今で言うところの予約型で広告枠の売買をした。
で、一方でこの業界で起きたんは、新しいタイプの広告代理店が出てきたこと。その人たちは、レガシーな総合広告代理店のように今までの売り方に拘る必要もない。あと、総合広告代理店とは違う層の広告主を開拓していった。
少額でも広告打てて、しかもマス広告みたいに効果がようわからんもんと比べて効果がはっきりしてますよ、いうて、販促に効果のある広告みたいな感じで、そういう小規模・中規模の広告主をどんどん開拓していった。
総合広告代理店は会社の規模的にもそういう”新しい広告主”への対応ができひんかったんやけど、結果としてネットの広告の世界はいわゆる大企業よりも中小の企業の広告主の数のほうが相対的に多いいうんもあって、”販促的な効果がわかりやすい広告”という位置づけが、ネット広告の考え方・使い方として定着した。
で、総合広告代理店からすると、「この枠いくらです」って、で、その枠の金額が大きければ仕事がラク。給料も高くできる。一方でネット広告は単価も安いし、ややこしいし、成果報酬とかいうて、そんなんめんどくさいという態度やった。で、気づいたときには市場が変わっていたという。
成果報酬型広告は広告主からすると、広告宣伝費予算ではなく販促費予算から費用を捻出しやすいんですわ。なので、デジタル広告市場は伸びてるけど、それはいわゆるブランディング予算よりも本当は「販促的広告予算」なんで、ずっとCPMで販売をしてきた欧米の市場とは異なり、日本ではデジタル広告はパフォーマンス重視で今に至っとるわけですよね。
香川:日本の広告主はどうしてそないにパフォーマンスにこだわるんやと、海外本社からは聞かれます。
高広:私がGoogleに在籍しとった時もそうやったんですけど。これはレガシーな総合広告代理店か、当時言われてたネット専業広告代理店かに関わらず、広告代理店が日本独自のビジネス形態を作ってしまう傾向あるんが要因やないですかね
香川:デジタル広告費の大部分がパフォーマンス広告なのは、日本のエコシステムにおけるエージェンシーの影響力が大きいことが関係してると思わはりますか?
高広:そう思います。ただこの話は、広告代理店だけが理由やいううよりも、エコシステム全体の話であり、様々な要因があるんやと思います。
例えば広告主がブランディングしたいと思ったとき、広告主がそれ用に広告を出したい思うようなメディアや、広告フォーマットが、どのくらいあるんかと。そもそも売り物として、ブランディングに使いたいものが売られてへんかったら、広告主もお金出しようがない。
また、他にも考えられる要因としては、、メーカーのマーケティング部門にデジタル担当が中途とかで採用されてるけれども、「マーケティング」の専門スキルを持った人材というよりも、デジタル広告代理店やメディアレップ出身者が多いうのもあるんちゃうかなという仮説を持ってます。
それは、ええか悪いかいう話とは別で、それらの会社での経験というのは、思考として、経験として、パフォーマンス型の広告というか、そっちに寄ってる傾向は、私が一緒に仕事してる感覚からしてもあるなあと。ブランディングとかマーケティングど真ん中の経験や思考の仕方みたいなもんをデジタルでどうやんのか、みたいなスキルがまだまだ勝ってない人も多いんちゃうかな。
香川:もっと言うと、日本の人事制度がジョブ型になってへんので、広告宣伝部にナレッジが蓄積しづらく、転属されてきたばかりの担当者からエージェンシーに対して的確な指示出しが難しいという課題があります。
このため、広告予算をブランディングとパフォーマンスと目的別に分けてプロモーションを展開することがなかなか難しいんです。ジョブ型人事制度が浸透することで、デジタル広告のあり方が変わる可能性があります。
高広:これからデジタルマーケティングに取り組むから勉強しようと思た人が、本か何かで勉強しようとするやないですか。そしたら、手に取ったほとんどのデジタルマーケティング本や目にする記事は、パフォーマンス型のデジタルマーケティングのことしか書かれてへんかったりする。それって、学ぶための教材自体が偏ってしまってて、網羅的に学ぶことができひん状態。だから実践するための知識を得る手がかり探しに苦労したりするわけで。
香川:パフォーマンス偏重をリセット出来るきっかけとなるのは、クッキーレスでしょう。
サードパーティー・クッキーの遮断による影響が既に大きいのを知ったはりますか?今やスマホにおいてアドレッサブルな環境にあるのは、Chromeブラウザの3rd Party Cookieと、Android OSのAAIDのみ。日本はiPhone利用率が高く、スマホブラウザベースで約6割がSafariユーザであり、アプリにおいては約7割がiOSユーザです。従って、スマホでアドレッサブルなユーザは、ブラウザベースで全体の約4割弱、アプリベースではIDFAオプトインを加味しても約4割強しかいないんです。
高広:一方で今のところは広告主側は、クッキーレスをあまり意識しとるようには見えませんわ。クッキーレスに対して真剣に取り組んどるんって、相当ぎょうさんのお金をデジタルマーケティングに使ってるような広告主だけやと思います。
しかもそういう広告主いうんは、ネットを主な”販売チャネル”として使うとる広告主。そういうところは、クッキーレスになったときの影響大きいから意識してる。でもその他は、媒体社や広告配信のプラットフォームのプレイヤーと比べたら、凪状態やと思いますよな。
香川:媒体社サイドのファーストパーティデータの活用意欲はとても高いんです。ログインしてまでも見たいと思わせる強いコンテンツを持つ媒体にとっては大きなチャンス、一方でサードパーティーデータと比べるとデータ量は相当小さい。広告主が求めるスケールの観点から、より推定ベースのIDが流通して広がりつつあるのが国内の現状です。
高広:おそらく広告主までその話が到達してへんと思うん。結局のところ広告代理店に対して出すリクエストは、どういうターゲットにリーチして、どのぐらい効果上げてくれんの?くらいの話。それをどうやって行うかっていうのは代理店任せになってるから、ニュース的には知ってたとしても、クッキーレスに関して、そこまでシビアに理解して考えてる広告主は実質的にはほとんどおらへん思います。
香川:日本がパフォーマンス偏重市場となったもう一つの要因として、デジタル広告がプログラマティックにシフトして、バイサイドとセルサイドとの距離が遠くなったことも一因と思います。かつて純広告が主流の時代には、エージェンシーと媒体社が直接交渉、取引するのは普通やったのが、プログラマティックにおいてはDSPやSSPを介して取引必須となり、二者間の距離は結果的に遠くなってしまったと思います。
広告評価が単一化されて、エージェンシーと広告主はクリックやコンバージョンのみで媒体評価せざるを得なくなり、良質なコンテンツを提供する媒体価値が適正に評価されにくくなりました。これは業界にとって非常に大きな課題やと思います。
高広:マーケティングの施策ってのを、いわゆる購買ファネルで考えると、未だにデジタル広告っていうのは下のほう、つまり購買に近いところのツールみたいに見られてるのが大勢やないですか。
ほんまは、広告の出し方も”DAGMAR: Defining Advertising Goals for Measured Advertising Results”っていう考え方、「広告効果を測定するための広告目標の設定」という」っ思考でで考えたほうがいい。
例えば、商品認知を x% 上げると、売上が y% 上がるとして、じゃあ商品認知を x% 上げるために、どういう広告をどのぐらいやればいいか、って話。、こういうのをファネル上で、認知を上げる、商品理解をすすめる、商品購入意向を上げる・・・っていうように、お客さんの行動を段階で考えて、それぞれの広告目標を決めるということが必要。
こういう考え方にならんかったら、ブランディングとパフォーマンスとが遠いものやのうて、しっかりとそれが結びついてるし、構造化してマーケティング施策考えなあかんというふうにならんという。
こういうのって、ほんま、マーケティングの超・基本的な考え方やけど、あまり知られてへん。しかも広告主の多くは、ネット広告には購買直前の効果しか期待してへんし、それしか評価をせぇへんかったりする。このあたりがある意味、ネット広告の不幸。
香川:あと、日本には、国産のメディアを守ろう、育てていこうという考え方が欠けてますね。オーストラリアやカナダ、オランダなどでは国産メディアを守る仕組みがあり、CPMが高ぉても、広告主は国産のコンテンツメディアに競って出稿します。これは、自国のジャーナリズムを守っていこうという考えに基づく動きなんです。
もともと国内産業を守っていこうという消費行動が根付いていることとも関係があると考えます。
高広:そんな考え方は、”ad fund”とも呼ばれとりますね。広告主が広告出稿により媒体社がコンテンツを提供していくことを助けてるっいうふうな考え方として。
根底には、(広告主が)媒体社を守ることが出来るのは、広告モデルによるもんや、という考えがある。サブスクリプションモデルでビジネスできる媒体は限られとりますし、広告主からすると自分たちでリーチできひんか、あるいは自分たちで四六時中抱えてるとコストかかりすぎるんで、見込み客になるようなお客さんを獲得・維持してくれる媒体が存在してるんは、ホンマはありがたい話なわけですよ。
あと最近の問題は、媒体社の営業が広告主と話をせぇへんことが多いことにもあるんちゃいます?。私は媒体社さんの広告事業のアドバイスもやらせてもらってるですけど、どうも昔の媒体社の営業さんたちと比べたら、今の媒体のネット広告の営業さんたちは、直接広告主と話をする機会が少ない感じがしてます。
たまに「え?代理店やレップとばして直接話してもいいんですか?」みたいな質問飛び出すぐらいですわ。
で、これも結局先ほど話したような、ネット専門の広告代理店やレップ出身者が媒体の広告営業に多いせいかもしれんのですが、そういう人らからしたら、自分たちの経験からして、代理店やレップはゲートキーパーなわけですよ。だからそこをすっ飛ばして広告主と直接話してもええんやって思ってなかったりする。
実際のところ、広告主の側にしてみたら、媒体側の話も直接聞きたかったりするんやけど、そういう営業活動を媒体側もしてへん。広告主に直接アポとって、うまく出稿決まったんやったら、その後に広告代理店を通すんか、直販にするんかといった商流は、広告主と一緒に決めたらええ話なんやけどね。ほんまもっと媒体社と広告主は一緒に話しすべきですよ。今、広告営業がうまく言ってるところは、そういうのんやってるとこやと思いますよ。
香川:講談社が提供されているOTAKADは、国内業界において画期的な動きやと思います。自社データを活用するだけでなく、自らDSPを運用し、エージェンシーや広告主と対話をしながら広告サービスを提供されている。
読売新聞社、SMN、大日本印刷のMedia Xも興味深いですね。いずれも成功モデルとして確立し、多くの媒体社に広がって欲しいと思います。
高広:そう、講談社の場合は、まず自分とこにユニークな広告商品をちゃんと作ってて、しかも広告主向けのセールス・マーケティングもちゃんと考えられてて上手いなあ、って思うて見てます。
2022年と2023年のデジタル広告業界
香川:2022年のデジタル広告業界で印象に残ったことは、やはり「クッキーレス対策」です。
GoogleがChromeのサードパーティー・クッキー廃止を延期したことで、業界の皆さんのクッキーレス対策に対する興味関心はやや冷めた感がありましたが、海外では個人情報の取り扱いについての引き締めが強まる一方で、消費者は、自分の情報がどのように取得され、どう活用されるのかを知りたいという要求を強めています。
高広:確かに。でも、私は、2022年は広告のテクノロジーの観点では何もなかった年やなあと思てます。一方、今年だけに限らんけどここ数年BtoB企業の広告予算やマーケティング予算が増大したことは一つの傾向やないかなと感じてます。
これはコロナの影響が大きいですけど、明らかにBtoB企業がマーケティングや営業活動に対してのデジタル投資を増やした。特に対面型の営業チャネルが縮小、あるいはストップしてしもうたら、デジタル、つまりネットを介した見込み客の獲得や営業チャネル化が必要になった。
で、その流れでデジタル広告を本格的に使い始め出しとる。昔はBtoB企業って専門媒体くらいしか広告出すところなかったわけですが、ネットの広告の場合は自分たちがリーチしたいお客さんに、しかもそれこそパフォーマンスベースで広告打てる。これはBtoB企業みたいに、マーケティングというよりも営業主導な産業にはわかりやすい。これはマーケティング業界における新しいお金の動きやとおもてます。
きっかけは、この2-3年におけるコロナなわけですけど、落ち着いたとしても今後も市場が伸びるんやろなあと見てます。
香川:コネクテッドテレビ広告(CTV)も2022年に注目を浴びました。2023年に私達が世界的に着目しているのは業界にCTV広告に関する標準が確立していないところを、いかに作っていくかです。
IAB Tech Labは、昨年発表したOpen RTB 2.6を皮切りに業界を適正に発展させていくための標準づくりを進めていくでしょう。当社もIAB Tech Labのメンバーとしてこの活動に深く関わっており、大きな成長が見込まれるCTV広告の発展に不可欠な標準作りとその普及を推進しています。
一例として、テレビ広告で一般的な「ポッド*型供給」がCTVで実現でき、バイヤー(エージェンシーや広告主)がポッド内のさまざまなポジションに入札できるよう技術的なガイドラインを整備しました。
*ポッドとは、テレビ広告のようにコンテンツの間に複数の広告が次々と流れる状態を指す
香川:2023年について、世界景気は引き続き不透明な状況やけど、デジタル広告に関しては、ある程度の明るさが見通せており、今のところあまり悲観的な印象はありません。
高広;大手IT企業のレイオフはまだまだに増えるんかもしれませんね。過去の景気後退・売上減少の頃の流れを思い出しても、レイオフ、採用活動の停止なんていうんは、結構あとになっても続いてたし、今回も似たようなもんかもしれません。
一方で面白いんは、アドテク以外のマーケティングテクノロジー系の外資系企業が日本への参入を予定しとる気配がある。実際は「気配」というか、例えば私んとこにも日本に入って来ようとしてる海外のマーケティングテクノロジー企業のカントリーマネージャーとかどうや、みたいな話がヘッドハンティング会社経由で連絡来たりする。
やけど、アドテクど真ん中な企業についてはあまり参入の話は聞かん。広告と全く関係ないわけではないけれども、データマネジメントや広い意味でのマーケティングプラットフォーム、例えばエンゲージメントやマーケティングオートメーション領域では参入意向は聞くんですわ。そういう意味では、アドテクいうよりも、広告主向けであれ、媒体社向けであれ、外資のソリューションベンダーみたいなところはまだまだ日本市場に目を向けてるみたいではある。
香川:2023年は、 IDソリューションやファーストパーティデータの活用に関わるソリューションがより洗練されてくると予想します。これらのソリューションを活用した、日本の市場が好むような、事例を作っていくことが大切だと思います。
高広:広告サービスを提供する側が、データをどのように上手く活用して広告商品を作ってくれるか、それによってどういうソリューションを提供してくれるかによるんやろう、と。
最近、私が見てきた中で、これはちょっとおもろいなぁ、やられたなぁと思ったのが、near.com いう位置情報データのソリューションベンダーさんなんやけど。
スマホの位置情報データを基にしたロケーションデータを提供する事業者ってめっちゃあるやないですか。で、「行動履歴をデータとして使えます」みたいなの。最初、near.com も似たようなサービスやろうと思って聞いてたわけ。「位置情報を使ってターゲティングが出来ます」と言うてたんで。これだけやと、さらっと流して聞いてしまいそうなんやけど、でも、そっから先が面白いなあと思た点で、例えば、位置情報と店舗の情報、さらにその店舗がどういうカテゴリーの店舗なのかみたいな情報を組み合わせてるわけよ。
例えば銀座とか高級ブランドが結構あるやないですか。じゃあ、それを「高級ブランドに行ってる人」という分類ではなく、「富裕層にターゲティングできます」って言うわけ。これ、「なるほどな」と。例えば、フットサルのコートに頻繁に行ってるのは「サッカー好き」という分類にしたり。
結局のところ、「取得できるデータ」いうんをいかに「意味のあるデータ」として使えるかどうかなわけで、そういう点で near.com というところのサービス提供の仕方は、ロケーションデータというものとスマホのIDの組み合わせを、「このIDは富裕層です」みたいなセグメントにして、広告主にとって魅力的な”意味”に変換してるところが、サービス設計として秀逸やと思います。
同じ位置情報のデータって、売るん難しんですよ。それはお客さん側がそれを使うイメージが持ちにくいからなん。なんでもそうなんやけど、広告主側も「なるほど」て思うて膝ポンしたら使ってくれる。一方でお客さん側に使い方を考えさせるようなサービスいうんは買ってもらわれへん。
で、恐らくクッキーレスな世の中にになったとしても、色々なタイプのデータを収集することで事業を作る、マーケティングや広告サービスを提供するっていう流れは変わらん思うん。でも繰り返しになるんやけれど、大切なんは、そのデータをどのように意味のあるもんにできるんかに尽きるやろ、と。
そんな感じの視点で、2023年もそれ以降もやろうけど、「データを意味を持ったものにする」という時代になるんは間違いないと思うんやけどね。
香川:そんな話しはったら、媒体社さんから、高広さんにようさん相談の連絡いきますよ。笑
2023年は、クッキーレス対策に向けた準備が整う年になりそうやね。
全国に数ある「茶室」と呼ばれている空間で、「クッキーレス対策」が話題になることは、そうそうなかろう。どう贔屓目に見ても、この場には似つかわしくない「アドテク」をテーマに盛り上がった二人。
1時間ほどの取材対談を終えると、これまでの似合わない話題とは打って変わり、この空間と見事に調和した出で立ちで、柔らかに流れる空気の中でその後も暫らく談笑を続けたのち、二人は茗荷谷方面へとランチミーティングに向かった。
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。