媒体社支援という軸はぶれない―ジーニーのDOOH事業へのこだわり
DOOH広告市場が徐々に形成されてきたことで、各プレイヤーが戦略的な差別化を図りつつある。その中で媒体社支援に一際大きく注力する事業者がジーニーだ。デジタルサイネージ広告に関する媒体側の課題と展望などについて話を聞いた。
(聞き手:ExchangeWire Japan長野雅俊)
ウェブ由来のDOOH事業
―貴社におけるDOOH事業について改めてお聞かせください。
石崎氏(写真左):当社は2010年の創業以来、主にウェブメディア向けのSSPを軸として広告配信の最適化ソリューションを提供してきました。近年ではこの技術を活かして屋外広告向けプラットフォーム「GENIEE DOOH」を開発し、OEMでの提供を含めて多くの屋外広告媒体のデジタル化を支援しています。
DSP接続を通じて買い付けできる面を数十面ほど有し、三大都市圏の主要駅前にある大型ビジョンなどと連携。インプレッションベースで利用できるプログラマティックな広告枠販売や収益最大化を支援した多数の実績を持ちます。
ウェブ分野でSSP事業を中心に営んできた当社は、DOOH事業においてもとりわけ媒体社支援に強みを持っています。今後は媒体社つまりビジョン運営者がプログラマティック広告配信に対応できる体制を整備するためのお手伝いを強化していく方針です。
―収益最大化支援においては、他のDSPとの接続を進めているとは思いますが、デジタルサイネージ広告に強いDSPなどあるのでしょうか。
磯部氏(写真右):OTTやコネクテッドテレビといった動画配信関連サービス向けの動画広告を取り扱うDSP事業者とは相性が良いと考えています。ブランド広告予算をウェブ以外の領域にまで拡大したいという需要に応えることができるはずです。
―「ブランド広告予算をウェブ以外の領域にまで拡大したい」とのことですが、ウェブと共通した広告クリエイティブを利用できるのですか。
石崎氏:ウェブ媒体で一般的に用いられる1920×1080ピクセルの動画広告をDOOHに対してもそのまま流すことができます。ただ、DOOHにおける認知効果の高い「勝ちクリエイティブ」としての正解はまだ見えていません。これまでDOOHの領域では、クリエイティブの効果検証自体ができなかったからです。今後計測ができるようになれば、クリエイティブの勝ちパターンを作ることもできると思います。
コロナ禍で進む足場固め
―屋外広告を中心としたデジタルサイネージ市場は、コロナ禍の影響が大きかったのではないでしょうか。
磯部氏:市場全体が影響を受けたことには間違いありません。各種の調査が示す通り、デジタルサイネージ関連広告の売上は全体として過去1年間で2~3割ほど落ち込んだのではないでしょうか。様々な要因が考えられますが、「緊急事態制限下で屋外広告を出すのは不適切」と消費者に思われる可能性を懸念して出稿控えが起きた事例が多いと考えています。
コロナウィルスの感染状況はようやく落ち着きを見せだしたことから、今後は回復そして成長が期待できるかと思います。渋谷などの人気スポットに設置されたサイネージでは、過去最高の収益を記録したといった景気の良い話も耳に入ってくるようになってきました。
―今後どれほどのペースで市場回復していくと考えますか。
石崎氏:「これまでDOOH広告を出稿していたが、コロナ禍で出稿を控えた」という企業様が広告出稿を再開するのは、人出が本格的に戻った後になるでしょう。とりわけデジタルサイネージの付近に設置された店舗関連事業からの出稿は人流動向にかなり左右されるとは思います。
ただエンタメ系やVOD、ゲーム、ライブ配信など、コロナ禍の巣ごもり需要を受けて成長した分野は、過去1年間で広告予算をどんどん増やしてきました。コロナ禍後の動向については、業種・業界によって様々だと思います。
一方で、デジタルサイネージ広告枠自体はものすごいスピード感で増えている印象です。屋外に限らず、駅中やインストアでも次々と新たなサイネージが設置されています。市場成長に向けての足場は着実に固められつつあると言っていいでしょう。
―DOOH市場の成長要因として注目する動向はありますか。
磯部氏:ビルの窓ガラスに映写機を取り付けることでデジタルサイネージ化する取り組みは、広告枠の拡大に大きく貢献し得るという意味で注目しています。
またGoogle社もDV360を通じたDOOH広告配信に本腰を入れてきた感があります。こうした海外プレイヤーの動向は気になります。
インプレッション課金にまつわる課題とは
―デジタルサイネージでは、広告効果測定が課題となっています。
石崎氏:以前は「駅ジャック」のようないわゆる話題づくりを目的としたDOOH出稿が多かったのとは対照的に、最近ではきちんとした効果測定に基づく広告配信が求められる機会が多くなったように感じます。
こうした変化も踏まえて、当社では携帯電話会社が保有する位置情報やGPSを用いて、デジタルサイネージの画面を見ることができる位置にいる人の数を割り出し、その数に応じたインプレッション課金を行っています。
磯部氏:当社が手掛けているデジタルサイネージの多くが屋外ビジョンなので、今のところはGPSなどで事足ります。ただインストアや駅中のサイネージも扱うとなると、GPS情報だけで人の位置を把握するのが難しくなる。ビーコン、Wi-Fi、カメラといった機能の活用も今後は検討していく予定です。
―インプレッション課金形式について、媒体側はどのような評価をしていますか。
磯部氏:プログラマティック取引を通じた販売をいきなり全面的に打ち出すと、抵抗を覚える媒体社様は多いです。まずは純広告販売を基準とし、その値段に基づく価格設定を行った商品をつくっていくという方針の方が理解を得られやすいと感じています。
―コロナ禍で人出が減ると、インプレッション課金による広告単価は下がるのではないでしょうか。
石崎氏:広告を目にする人の数が減れば、広告単価は当然ながら落ちます。ただし、人出の多い時間帯やターゲット含有率が多いエリアに絞るといった、広告単価を向上させる工夫ができるのもプログラマティック配信の強みの一つです。配信設計のあり方次第で、広告単価は上がりも下がりもするというのが当社の考えです。
ジーニーだからこそできることとは
―どのような競合環境にいると認識されていますか。
石崎氏:DOOHの広告配信市場はまだ黎明期です。例えばビルボード事業におけるプログラマティック広告配信率は10%にも満たないと思います。同業者とは競合するよりも、普及に向けた理解促進などを目的とした協業を率先して行う段階です。
―DOOHの分野で、プログラマティック広告配信がそれほど普及していないのはなぜだと思いますか。
磯部氏:まずプログラマティック広告配信を可能とするシステムを導入するまでのハードルが高いです。もう一つの理由としては、プログラマティックに開放することで広告料金が値崩れするのではないかという懸念を媒体社が持つ傾向にあるという点が挙げられます。いずれについても、媒体社支援に強みを持つ当社が解決し得る課題であると受け止めています。
―「プログラマティックに開放することで広告料金が値崩れするのではないかという懸念」はどのように解決し得るのですか。
石崎氏:「値崩れ」はプログラマティック広告の導入検討をする事業社にとって、最も気になる部分だと思います。ただ、弊社としては「値崩れ」自体は起きないと考えています。
一番の理由は「広告主のニーズの違い」です。既存の純広告が特定のエリア、例えば「渋谷スクランブル交差点のビジョンに出すこと」にニーズがあるものに対して、プログラマティック広告に期待されるものは「効率的な屋外広告の出稿」です。広告主のニーズが異なるため、既存の純広告の出稿を妨げるものにはならないと考えています。
また媒体社側が、広告配信の時間帯や業種ごとに異なる広告単価を設定するといった工夫によっても収益は大きく変わり得ます。システム導入のハードルを越えた後は、こうした運用のノウハウ提供で当社が貢献できる余地は多いと考えています。
―ウェブ事業と同様に、DOOHでもSSP事業が主軸となるのですね。
磯部氏:他にもDOOHのプログラマティック広告配信に注力している事業者は存在しますが、それらはどちらかというと自社保有枠の提供を通じた広告主向けサービスという印象があります。一方の当社は、SSP事業を通じて他社つまり媒体社様が持つ広告枠の収益化支援に注力しているという点が大きな違いです。
もちろんそれぞれの事業モデルには固有の強みと弱みがありますが、当社のようなSSP事業モデルは、連携先がより多岐にわたります。こうした様々な関係企業との連携を構築できる点こそ、当社の特徴だと考えています。媒体社支援という軸はぶれることなく、DOOH広告市場の活性化に向けて引き続き取り組んでいきたいです。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。