顧客体験管理を軸足に統合的なプラットフォームへ転換―アドビが思い描く今後のマーテク市場
アドテクとマーテクの融合が進んだ結果、両者の境目が消失しつつある。その中で、顧客体験(CX)を起点とした広大なプラットフォーム展開を行うのがアドビ社だ。GAFAと総称される大手広告プラットフォームとは異なる市場環境に身を置く同社に、今後の成長戦略などについて聞いた。(聞き手:ExchangeWire Japan長野雅俊)
プラットフォーム内で様々な製品群を整備
―自己紹介をお願いします。
安西氏:DX GTM・ソリューションコンサルティング本部マネージャー兼エバンジェリストの安西敬介と申します。同プリンシパル ソリューション コンサルタントの笹島誠大と高橋サラとともに、顧客体験の創出及び向上を目的とした「Adobe Experience Cloud」という製品群を扱っています。
このプラットフォーム上で、コンテンツ管理、アセット管理、データ管理、コミュニケーション管理、パーソナライゼーション、MA領域などを網羅しています。
―マーケティングテクノロジーまたはマーケティングオートメーション(MA)とアドテクノロジーの融合が進んできています。両者を横断する統合的なプラットフォームを運営しているという意識はありますか。
安西氏:少なくとも単に「MAツール事業者」と位置付けられることに対しては違和感を覚えます。当社は顧客体験管理を起点とした様々なサービスを提供しており、MAはあくまでもその中の一つに過ぎません。
また、そもそもMAという単語がかなり狭義に用いられる傾向があります。本来的には「ウェブサイト、アプリ、対面といった各チャネルを通じたコミュニケーションを一部自動化しつつ最適化を図る技術や手法」のはずなのですが、とりわけ日本では「カートに残った商品に関してリマインドのメール配信を自動で行うツール」を意味するようになりました。誤解を避けるために、少なくとも当社側から自社の製品について「MA」という言葉を持ち出すことはあまりないです。
―あえて狭義のMAという概念に沿うと、貴社ではどのようなサービスを展開していますか。
安西氏:「Adobe Experience Cloud」の「カスタマージャーニー」というカテゴリーの中に主に3製品があります。
資料提供: アドビ株式会社
まずはB to C領域に特化してメール配信を中心に行うAdobe Campaign。2013年に買収したNeolane社の技術に基づくサービスです。データ構造を柔軟に拡張できることが特徴で、例えば「データベースの更新記録(スナップショット)を残す」といった利用頻度の高い機能をカスタム開発することができます。
笹島氏:次にCDP機能を内包したオムニチャネルのエンゲージメント構築ソリューションとなるAdobe Journey Optimizerです。従来のMAツールでは、施策ごとの効果計測しかできません。しかし、マーケターが本当に知りたいのは、その施策が購入やリード獲得につながったのか、顧客生涯価値(LTV)向上に貢献したのかといった最終的な効果です。本製品はAdobe Experience Platformという共通のデータ基盤と連携することで、総合的な分析から施策の実施までを可能にしています。
高橋氏:もう一つは、B to B領域を中心としたエンゲージメント構築にご利用いただいているAdobe Marketo Engage。2018年に買収したMarketo社の技術が基盤です。こちらは事業規模が小さい企業様でも利用しやすいように、汎用的なマーケティング機能が一通り備わっています。見込み顧客、エンゲージ、案件化、商談、失注した際のリサイクルといったライフサイクルモデルを独自に構築できるのが特徴です。
データのネイティブ連携に強み
―各製品はそれぞれデータ連携されているのでしょうか。
安西氏:Adobe Journey Optimizerは、統合的な顧客体験管理プラットフォームであるAdobe Experience Platformとネイティブに連携しています。Experience Platformは次世代の顧客コミュニケーションのデータ基盤として私たちが作った基盤になっています。このプラットフォームに予めデータを入れておけば、Adobe Journey Optimizerの機能をオンにした瞬間にそれまで蓄積していたデータを即座に活用できます。
Experience Platformとのネイティブな連携はまだ全ての製品で行っているわけではありません。私たちの製品の一部はコネクタなどによる連携も行っています。
ただし、今後はデジタルマーケティングの活性化に伴い、各種のデータ連携に関する要望が増えていくことが見込まれます。こうした動きを見据えて、まだプラットフォームとネイティブ連携していない製品についても、順次データコネクタ機能をリリースしていく予定です。
―主な顧客層をお聞かせください。
高橋氏:権限管理機能の整備やデータベース容量の確保を実現している点などは主に大手企業様に評価いただいています。ただし、Adobe Marketo Engageなどはかなり幅広い層にご活用いただいている状況です。
笹島氏:B to C向け製品では、やはり会員基盤を持つ企業様が多いです。経営統合をしたがデータ統合はできていないといった場合に、全面的にシステムを入れ替えるのではなく、現時点でどのようにプロファイル統合できるかといった検討を一緒に行うという事例が増えてきたように思います。
―相談だけでなく、実装作業も行うのですか。
笹島氏:当社の導入部隊が担当することもあれば、コンサルティング企業様やSIer様と一緒になって対応させていただくこともあります。とりわけ企業様が既に広告会社やコンサルティング会社との連携体制を既に構築している場合は、そうした企業様とご一緒することが多いです。
軸足はあくまでもユーザー側
―昨今ではあらゆる事業者が「統合的なプラットフォーム」を志向しているように見受けられます。そのような市場環境下で貴社ではどのような差別化を図りたいと考えていますか。
安西氏:確かに当社はマーケティングに関する様々な機能を持っていますが、顧客関係管理(CRM)、営業支援システム(SFA)、企業支援計画(ERP)などは扱っていません。逆に他の「統合的なプラットフォーム」にはないが当社が持ち合わせているものとして、コンテンツ管理システムやアセット管理システムなどが挙げられます。例えばメール配信に用いる画像をご用意することで、コンテンツとデータを連動させ、ユーザーに対して一貫したメッセージを伝えることができるのです。
つまり当社が軸足を置くのは、やはりユーザー側つまり顧客体験の創出と管理です。何でも屋になるのではなく、あくまでも顧客体験に根差したチャネル横断のコミュニケーション設計を実現するためのプラットフォームを目指したいと考えています。
―各ユーザーに適したチャネル横断のコミュニケーション設計となると、昨今のプライバシーや個人情報取得制限が課題となりませんか。
安西氏:当社でも、パーソナライズをするツールにおいてはCookieを利用しています。利用制限がますます強化される可能性を見据えて、メールアドレスと紐づけた連携技術を強化したり、またはGoogleが代替技術として推進するFLoC (Federated Learning of Cohorts)の検討委員会への参加を通じて、然るべき対応を行っていく予定です。
また改正個人情報保護法の施行と前後して、データガバナンスに関する課題が顕在化するでしょう。従来のCDPでは対応しきれない事例も出てくるはずです。先ほどご紹介したAdobe Experience Platformにおいては次世代のデータガバナンスとしてデータの項目ごとにも利用管理ができるデータガバナンス機能を保持しています。このようなものを通し安心して企業様にもそしてその先にお客様にもご利用頂きたいと考えています。
―今後の展望をお聞かせください。
安西氏:まずこれまで当社は主にB to C領域で強みを発揮してきましたが、今後はB to B向け機能についても随時拡充及び強化を図っていきます。例えばCDP一つとっても、B to Bに特化すると、一つのデータを担当者個人、企業アカウント、案件といった様々な単位で捉える必要が生じます。当社ではXDMというかなり構造化されたスキーマでデータ管理をしているので、こうした細かい切り替えが可能です。
もう一つは、Adobe Experience Platformと各製品の連携を一層進めることで、データの一元管理が可能な環境を整備したいと思います。買収を通じて事業ポートフォリオを増やした大型プラットフォームの多くは、実は各製品を独立して運営していることが少なくありません。当社はこの統合作業をしっかり行うことで付加価値を高めるという作業を引き続き行っていく予定です。
また一方で、当社のプラットフォームとしてではなく、まずは個別製品からご利用を開始したいという企業様向けに、競合企業提供のものを含めた他製品との連携も強化していきたいと思います。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。