「マーケターは何を提供しているのか?」-第5回「MCA道場」が開催
一般社団法人マーケターキャリア協会(MCA)は、1月22日、都内にて、マーケターキャリア育成を目的とした「MCA道場」の第5回講座を開催した。
学校一の落第生が起業家に
「事業創造とイノベーション」をテーマとした本講座を担当したのは、MCA理事で株式会社ベーシック代表取締役の秋山勝氏。月間550万PVを誇るウェブマーケティングメディアのferretの運営などを手掛ける同社では、これまでに事業売却を8回行い、売却を通じて得た資金を元手にさらなる新事業を創造するというサイクルを繰り返してきた。
そんな秋山氏の中学時代の成績はオール1。高校卒業後は大学に進学せずに「パチプロ」として活動するなど、マーケターとしては異色の経歴を持つ。自身が「現代風に言えば黒歴史」と表現するこの期間を経て、社員数10人程度の商社に就職。次に1990年代に急成長企業として注目された企業の子会社に転職してEC事業を担当し、これがIT業務に目覚める契機となった。2度目の転職先となる一部上場企業の本社マーケティング部で勤務した後、2004年に株式会社ベーシックを起業。決して順風満帆とは言えない半生を過ごしつつも、分け隔てなく接してくれる方々の支援を受けることでマーケターのキャリアを形成。その方々を思い出すに「社会は意外と寛容」であるとの認識を持つに至った。
キャリアに柔軟性を生み出す思考法
秋山氏がとりわけ印象強く覚えているのは、最初の勤務先となった商社での経験。商材に乏しく、自身の営業スキルも不足していたことから、売上を立てることがなかなかできない。自ずと「人はなぜモノを買うのか」といった自問自答を繰り返すようになった。
ここまで説明した後で、主に事業会社および広告会社のマーケターで構成された聴講者に対し、「僕たちは何を提供しているのか??」というテーマの下で、聴講者同士で議論するよう求めた。
その上で、この問いに対する一般的な回答を、「①勤務会社・役職」「②職種」「③価値提供」に基づいたものに分類(出典: 働き方の哲学)。さらに左記の番号の数字が小さいほど「広告代理店でインターネット広告サービスを提供している」といった具合に具体的で理解しやすいが回答範囲が限定されやすく、逆に数字が大きいほど普遍性が高いが内容が変化しやすくまた分かりにくいものとして整理した。そして、キャリア構築について悩んだ際には、「普遍性が高いが内容が変化しやすく、また分かりにくい」回答を模索することで、新たな可能性が広がり得ると助言した。
「なんでもやります」の何がいけないのか
このワークショップを一旦終えた後、秋山氏は講義を再開。「人はなぜモノを買うのか」「自分はどのような価値提供をしているのか」という疑問を再び取り上げた。当時の自身が見つけ出した答えは「顧客が抱える問題を解決すること」。この答えに気付いたことで、営業職であればつい言いがちな「なんでもするのでお手伝いさせてください」というセリフは、本来であれば営業担当者が自ら見つけ出さなければならない顧客課題の把握作業を相手に丸投げしているに過ぎないと理解するようになった。
尚、秋山氏によると、人がモノを買う理由には、問題解決以外に「未来を創る」という要素がある。暮らしがより豊かになるモノやサービスを求める人が多くいるからだ。しかしながら、未来を創るようなモノやサービスを開発するには、作り手にある程度のセンスが要求される。一方で問題を解決する仕組みは情熱さえあれば誰でも作り出すことができると信じて、顧客の問題解決に注力するようになった。
問題解決の気づきから開かれた事業創造へのヒント
以後、秋山氏は多種多様な新規商品及びサービスの企画・販売に従事した。道路工事現場に置かれる人型ロボット、ISO導入に向けたマニュアル整備、焼却炉、表札、ひのき風呂、横断幕、運動会。例えばある会社で運動会を実施することが突然決まり、その準備に頭を悩ましている同社の担当者を見つける。「1週間後に企画書を持ってきます」と伝えた後、電話帳を片手に運動会に何らかの形で関与していると思しき企業に片っ端から電話をして情報を収集し、企画を練り上げるといったことを繰り返した。これらの経験を通じて「世の中には問題があふれている」ことに気付く。そしてそれらの問題の解決を試みることで、「どんな会社でも面白いように仕事ができるようになった」という。
秋山氏が現在手掛ける主要事業の一つであるferretも、問題解決を図ることによって生まれた。きっかけとなったのは、「検索順位が上がっているにも関わらず、売上が増えない」という顧客の一言。当然のことながら、検索順位の部分最適化と売上の向上は必ずしも結びつかない。ところがSEO対策などの手法論ばかりに注目が集まった結果、全体的なマーケティングの仕組みとしての最適化が一向に進まないという事態が往々にして発生する。
そうであるならば今度はマーケティングのいろはを知るための手段が必要となるが、メディアが取り上げる事例は、大手企業による非常に洗練された稀有な例なばかりで、中小企業はとても真似できない。すると、一部の企業を除いて適切なマーケティングがいつまでもたっても実践されないことになり、多くのエンドユーザーは本来出会うべき商品やサービスと出会うことができず、不利益を被る。そこで前提知識の有無や企業規模に関わらず、誰もが扱うことができる基本的なマーケティング関連情報を提供するメディアとしてferretを創設したところ、「一気にブレークした」とう。
今後は創造性こそが鍵に
さらに秋山氏は「シェアリングエコノミー」「仮想通貨」「クラウドファンディング」といった近年のイノベーション動向を概説。それらの事例を通じて、「自分がつくりたいと思うものではなく、人が欲しいと思うものを作る」ことの重要性や、イノベーションのジレンマという課題に対する考えなどについて述べた。そして米国を始めとする先進国のキャッチアップを得意としてきた日本の成功モデルが見直しを迫られ、さらには様々なイノベーションの恩恵を受けることができる現代においては、創造性こそが鍵となると主張した。
道場の終盤には、事業設計などを目的として①課題、②顧客セグメント、③独自の価値提案などを記入する「リーンキャンバス」を用いたワークショップを実施。保険業界や人材業界で働くマーケターたちからの発表がなされた。
秋山氏が最後に伝えたメッセージは「Marketing is Love」。市場と顧客をしっかりとイメージすることでまるで目の前に顧客がいるかのようにして理解し、その顧客と語り合うように適切なコミュニケーションを持つことの重要性を訴えた。そして、つまりは恋愛と一緒であり、具体的にイメージすることで相手が何を欲しているのか、望んでいるのかが分かると付け加えた。
2月25日開催予定の第6回道場では、MCA理事の藤本あゆみ氏(Plug and Play Japan株式会社 執行役員CMO)が、「Being とDoingから考えるパラレルマーケターという生き方」をテーマとした講座を担当する。
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ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。