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プログラマティックOOHの道筋 [インタビュー]

 

NTTドコモ(以下、ドコモ)と電通は、両社の経営資源を活用し、デジタルOOH広告(DOOH)の配信プラットフォームの運営および広告媒体の開拓、広告枠の販売事業を行う新会社「株式会社LIVEBOARD(ライブボード)」を設立した。

 

同社代表取締役に就任した神内一郎氏に、これまでのプログラマティックOOHの日本における実現に向けた研究活動と、同社における取り組みについて、お話を伺った。

(聞き手:ExchangeWire JAPAN 野下 智之)

配信・枠・指標の3ステップで構築

これまでの電通におけるプログラマティックOOHサービス提供に向けた取り組みについてお聞かせください。

2015年に電通OOH(Out Of Home)局の所属になり、これまでプログラマティックOOHを作るための活動をしてきました。標準指標を用いたプランニングから枠のバイイング、広告の配信に至るまで一元的に実施するものを作ろうとしていました。それまではモバイル広告やデジタル広告のビジネスが長かったため「オンラインのしくみをそのまま取り入れればよいのではないか?」と考えておりました。ですが、OOHとデジタルとは違うところばかりで、そのチャレンジは勉強になりました。

最初に取り組んだのは広告配信です。今のOOHはデジタル化されているものであっても、ネットワークがそれぞれに閉じている状態です。また媒体社ごとに共通指標があるわけでもなく、違うものがバラバラにあるという環境です。私たちは、そこに広告主のクリエイティブを自動的に配信することにトライしていました。

電通は昨年、3000以上の媒体との接続を果たし、ダイナミックDOOHと呼んでいるサービスをリリースしました。ダイナミックDOOHとは、外部データに基づいてDOOHに広告配信をすることが出来るサービスです。例えば、天気などの環境変化に応じてクリエイティブをだし分けることが出来ます。

また配信時における広告の表示方法についてもOOHとデジタル広告とでは異なります。一般的なデジタル広告の場合、広告が表示されなければ課金されませんし、ネットワークが途切れてもコンテンツが出ていればそれで許されます。しかし、OOHの場合、スクリーンがひとつしかなく、広告が出ているか、出ていなくて何も表示されないか、どちらかです。ですので、広告がスムーズに表示されなければ事故になります。また、駅のコンコースなど、複数の面があってシンクロしているようなものもたくさんあります。すると、どんなに高速でつないだとしても1フレーム、2フレーム遅れて最終的にシンクロがバラバラになって見た目が非常に気持ち悪くなってしまいます。

OOHがデジタル広告と異なるのは、配信したクリエイティブを一旦ローカルにダウンロードさせることが必要であるという点です。ローカルのシステムと外にあるアドサーバーのコントロールが必ず必要になってくるというのがアドサービングの大きな課題であり、テーマでした。それも解決しました。

そして次に取り組むべきことが枠の問題。日本におけるOOHはロングテール型で、様々な枠があります。今まではヒトがいちいち「掲載枠は空いていますか?」と電話やメールで問い合わせる必要があり、とても手間がかかりました。そこで、空き枠がいくつあるのか、それはいくらで、買えるのか買えないのかを自動でやる、トレーディングの部分に去年はフォーカスしました。Googleマーケティングプラットフォームを使って、枠を買い付けるところから配信まで一貫して出来るような仕組みを作りました。

OOHに必要なのは指標

OOHの最大の課題は「誰が見ているのか」というオーディエンスデータの領域でした。これについては過去2年以上検証を続けてきて、どのようにしたら他のメディアとも比較可能な「何人が広告を見たのか?」というインプレッション数を基準とした指標に落とし込むことができるのかという基礎研究を続けてきました。

誰が見ているのかがわかれば、そこではじめて効率効果によって広告主の方は買い付けることができます。例えば今の広告主は1億円あったら「テレビに出したい」「オンラインに出したい」といった媒体別の発想では考えていません。むしろ自分が届けたいターゲットに最も効率的にリーチさせるのはどのようなメディア配分なのか?といったターゲット(オーディエンス)を起点としたROIをベースにプランニングしています。ですが今までのOOHはその比較が出来ませんでした。他のメディアと比較可能な標準指標がなかったのです。そうなると最初の段階、つまり、プランニングの時点でOOHは入らなくなるのです。ROIを証明したい広告主さんは広告効果がわからないものにはお金を出さないのです。

こうした課題を解決するために少なくともインプレッションベースで何人が見ているかというところに落とし込めれば、テレビやオンラインなどのメディアと比較可能な指標が作れるのではないかと思ったのです。

今までの基礎研究をベースに配信・枠・指標を統合し、日本初のプログラマティックOOHを実現するための法人が、今回立ち上げた「株式会社LIVEBOARD(ライブボード)」という会社です。OOH業界の標準化を進め、プログラマティックOOHの集大成になるものを作りたいと考えています。

ドコモと取り組むDOOH指標の標準化

ドコモと組まれた背景と、どういう役割分担をされるのかについてお聞かせください。

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いちばん大きな課題として残された「誰が見ているのか」という指標の標準化をしたいと考えています。その時にドコモさんであれば日本全国にデータがある、つまりスケーラビリティがあります。単純に何人がどこにいるかだけではなく、居住地や利用者の性別、年齢などのセグメント情報もあります。さらにdポイントとか、ドコモDMPを使うことによって、より細かなことがわかります。それを全国スケールでできるという点が、やはり標準化を進めるうえでの強力なパートナーになり得ると感じました。

誰が見ているというかということをどう判断し,レポーティングされるのか,仕組みを教えていただけますか。

これは海外でも同様ですが、今のところどこまでいっても「推計モデル」でしかありません。

スクリーンの前に何人の人がいるか、つまり視認エリアにOOH広告を見る可能性がある人が何人いるかを計測します。同じサイズのスクリーンであっても、ビルの影になっているなど、設置場所によっては何らかの障害物で見えないことがありますから、媒体ごとに「見えているエリアはここです」という定義付をします。そして、視認率のモデル化です。例えば「立ち止まって見るエリア」、「駅のコンコースのようなエリア」、「高速道路のようなスピードを持って見るエリア」などでそれぞれの視認率を定義します。「止まってみるエリアでは100人中80人が見ています」というモデルを作れば、それは拡大推計で80インプレッションがありますということでスタートできます。通行量の違いなどについても、モデルを作って計測しています。

新会社のライブボードは、エージェンシーの立ち位置ではなく、自社でメディアを持つ媒体社としての立ち位置と、既存の媒体社さんから広告枠をご提供いただくアドネットワーク・SSPの立ち位置になります。2、3年後には、自社媒体を200から300の数に増やしたいと考えています。

OOH市場の今後の可能性

OOHとデジタルOOH広告市場の現状,今後の可能性についてはいかがでしょうか。

日本は海外と比較してOOHのデジタル化比率が非常に低いと考えています。日本においては20%くらいであるといわれています。一方のグローバル平均は40%くらい。英国や豪州、香港などのOOH先進国では50%を超えています。日本にはまだDOOHの成長余地があるのです。

2020年の東京五輪に向けて、変化は起こるでしょうか?

英国の場合ロンドン五輪が開催された2012年の統計データを見ると、その4年以上前からのデジタル広告の伸びが緩いカーブだったのですが、オリンピック開催決定後、市場の成長カーブが一気に立ち上がりました。また、英国では以前から屋外系の広告については計測指標がありましたが、2008年に刷新されました。それによって視聴率を1秒単位で、どこでどの人が見ているのかを計測できる仕組みができました。このことも市場が拡大した要因です。

日本におけるDOOHの普及率が低いのはなぜでしょうか?

大きく2つあると思います。海外ではメディアオーナーと呼ばれる媒体社が寡占している状況があります。ロケーションオーナーから広告を売る権利を買って、ネットワークが広がっているので、投資余力のある大きなグループになっています。しかし日本では、土地を持っている人とメディアオーナーがほぼ同じです。ビルの数だけ看板があるような感じですね。本業は不動産業あるいは鉄道オペレーションなどで、そのなかの広告事業が全体に占める比率が低くなってしまうのです。そうすると投資余力も弱くなっていると思います。

また、これまではDOOHの規格がメーカーごとに統一されていませんでした。しかし、オンラインのように標準規格の仕組みになれば安価になるでしょうし、アドネットワーク化がより容易になり、市場が広がると思います。

経験と勘ではなく、データで効果を証明

デジタルサイネージがプログラマティックに買い付けできることによって,どんな世界観になってゆくのでしょうか?

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いまのDOOHは、広告主に対して、しっかりと広告価値を証明できていないことが課題です。海外で伸びているDOOH市場が日本で伸びていないのは、やはりそれが理由だと考えます。経験と勘とまごころで売っていたものをデータで証明できるようになれば、単純にいままで広告を出さなかった人たちが出すようになるでしょう。

いまの日本のOOH市場は、すでにOOH予算が決められていて、その中で様々な会社がシェアを持ち分けています。しかし、大元のメディアの部分で、より大きなメディアと比較できるようになれば、効率効果がテレビやオンラインに匹敵し得るということを証明できるようになります。そうすれば、より大きなパイの中で予算を割り当てられます。標準化を進めることによってOOH市場を刺激して拡大することができると思っています。

現在のOOHに割り当てられる広告費は、全体の広告費の8%程度です。これまでそのトレンドには大きな変化が見られませんでした。ですがしっかりとした指標で効率と効果を実証することが出来るようになれば、この状況も変わり得ると考えています。

私は、プログラマティックにより実現できる新しい、ネットワーク化されたDOOHの力を大いに信じています。これまで一つ一つが分断されて存在していたDOOHを一つに繋げることで、いずれメディアとして大きな力になることでしょう。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長  

慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。

国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。

2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。