「アプリ・マーケティングは個別最適から脱却すべき」-アプリCRM支援のReproが論じる業界の課題 [インタビュー]
ROAS重視の必要性が叫ばれながらも、実際にはいまだインストール偏重と指摘されているアプリ広告市場。アプリのCRM支援ツールを開発するRepro代表取締役である平田祐介氏が、その原因から業界の構造的な問題まであけすけに語ってくれた。
(聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊)
「サラリーマンは分析など興味ない」からの出発
― 自己紹介をお願いします。
Reproの代表取締役を務める平田祐介です。経営コンサルティング会社に勤務した後、28歳で起業。2回の失敗を経て、3つ目の会社としてアプリ解析及びマーケティング・ツールを開発するReproを設立しました。
社名は「Reproduction(再現)」の短縮形から来ています。Repro設立当初は、アプリ内における実際のユーザー行動を捉える動画分析ツールの開発と提供を主軸事業としていたということもあります。
ITサービスはリアルな店舗が提供するサービスとは異なり、利用客の様子を目の前で観察することができません。「トップページからの直帰率は7割」ということを定量的に把握するだけでは不十分です。その7割がトップページのどの部分を閲覧したのか、またはしないのかということが分かって初めて、ページを改善するための具体的な仮説作りができます。私自身がEC運営に携わっていたころに、そうしたユーザー行動を動画分析するウェブ用ツールが大変重宝しました。当時はアプリ版で同様のサービスを提供する企業が国内・国外問わずなかったので、それならば自分でつくろうと思ったのがそもそもの始まりです。
― 現在は動画分析だけではなく、アプリに関するCRM支援全般を手掛けていますね。
動画分析ツールが期待していたほどには売れなかったのです。あえて反発を呼びそうな言い方をすると、「サラリーマンは分析など興味ないんだな」と実感しました。
マーケティング業務を広告代理店に丸投げしてしまう日本の企業文化においては、「原因分析の仕方ではなくて、課題の解決策を端的に示してください」という需要の方が圧倒的に大きいのです。納得はいきませんでしたが、ベンチャー企業なので売上を伸ばさなければ事業が存続できないことも十二分に理解していました。だから今度は真摯にサラリーマン視点に立ってみようと考えたのです。そして簡単なユーザー・インターフェースで2クリックほどすれば、自動的に分類されたユーザーごとに異なるプッシュ通知やポップアップを表示するというCRM支援ツールを開発したところ、事業が軌道に乗り始めました。
現在は、アプリにReproのSDKを組み込んでいただくと、そのアプリから取得したデータに基づいた分析とマーケティングを行うことができる仕組みとなっています。定量分析と定性分析の両方が可能で、マーケティングについてはCRM機能とユーザーの行動データや属性データで簡単に広告でターゲティングできる広告ID(IDFA、AAID)を抽出できるDMP機能があります。
より具体的には、過去に課金経験があるが、直近1カ月アプリを起動していないユーザーをターゲティングし、プッシュ通知やポップアップで特別なキャンペーンを配信したり、直近の課金ユーザーの広告IDのみをFacebook、Twitter、Lineなどと連携することで、類似ユーザーに広告配信することなどが可能です。
ツール解約されないことを目的とする競合他社とは違う
― ただし、CRM支援事業となると競合する相手も格段に増えるのではないでしょうか。どのように差別化を図っていますか。
当社はツールそのものではなく、ノウハウを販売しているという点で事業を差別化しています。ツールの販売はあくまでも手段でしかありません。我々の業務は顧客のアプリのKPIを伸ばすことであり、そこがツールのみを販売して解約されないことを目的に事業を営んでいる競合他社との最大の違いだと考えています。実際にどのようにグロースハックすればアプリを伸ばせていけるのかというのは社員皆で必死に勉強してきました。ツールの機能に関する細かい違いを述べることもできますが、当社も競合他社も新規開発を常に行っているので、中長期的には本質的な違いにはなり得ないと考えています。
おかげさまで、現在は日本で流行っているアプリにはほとんどReproが導入されている状況がつくれてきました。マンガ・アプリは上位10社のうち6社、マッチング・アプリは過半数以上にご利用いただいています。
またゲーム・アプリはこれまで当社売上全体の1割程度に過ぎなかったのですが、最近ではシェアが急増しています。ゲーム・アプリに注力してこなかった理由の一つは、新作をリリースした後は面白いイベントを設計する以外に、マーケティング領域で改善する余地があまりなく、改善ツールである我々の出番があまりなかったからです。ただゲーム先進国の米国ではユーザーごとにカスタマイズしたプッシュ通知を運用する担当者を置くなど、CRMに注力しているゲーム企業が多くあります。今はそうした先進的な事例を紹介しながらの啓蒙活動を行っている最中です。
― そもそもアプリ・マーケティングにおけるCRMの役割は何ですか。リエンゲージメント広告と比べて役割はどのように異なるのでしょうか。
プッシュ通知を始めとするCRMのメッセージは事業者から直接送られてくるメッセージとしてユーザーは受け止めます。一方の広告はFacebook、Twitter、Lineなどを利用している際に表示されるものです。それぞれ効果は違うので、両方実施するべきだと思います。
一つ分かりやすい例を挙げると、プッシュ通知を送って、反応がない広告IDのみに広告面で当てるという施策は有効だと思います。広告はインプレッションで課金されますが、プッシュ通知は広告に比してコストパフォーマンスに優れているので、マーケティング費用を効率化できるはずです。
大手ゲーム会社であれば、重課金ユーザーに対しては広告からもCRMからも手厚くコミュニケーションを取るべきです。毎日ログインしていたのになぜか今日はログインしていないぞというときには、即座にプッシュ通知を送ります。さらにそのユーザーが通りそうな広告面すべてにそのユーザーが普段使っているゲームのキャラクターを描いた広告を出す、といった具合です。
― アプリ内のCRM施策としてプッシュ通知が頻繁に利用されていますが、プッシュ通知を忌避するユーザーも多いのではないでしょうか。
「プッシュ通知を忌避するユーザーが多い」という認識はないですね。ファクトを整理すると、プッシュ通知の受け取りに関しては、Androidはオプトアウト形式、iOSはオプトイン形式。その結果、業界平均値としては、プッシュ通知の許諾率はAndroidが約9割、iOSは約4割となっています。ただiOSに関しても、プッシュ通知の許諾を問うポップアップを出すタイミングやその前後のコミュニケーション設計を工夫すれば、65%前後まで上げることができる場合があります。
さらに複数回の購入歴があるまたは会員登録をしているなどエンゲージメントの高いユーザーに限定すると、iOSのプッシュ通知の許諾率は85%前後まで上昇します。ここで言えることは、アプリを気に入っているユーザーほどプッシュ通知からの情報を求めているということです。なので、個人的にはプッシュ通知を忌避するユーザーというのは存在せず、アプリ自体を気に入っていない、またはまだアプリの良さを理解していないユーザーがプッシュをオプトアウトする傾向にあるのではないかと考えています。当社としては上記ファクトに則り、広告予算が無限にあるというのであれば話は別ですが、なるべく費用をかけずに、広告と同程度の効果を出す方法の一つとして、プッシュ通知は有効であると考えています。
アプリ広告市場がインストール偏重になった本当の理由
― これまでインストール施策偏重の傾向があったアプリ・マーケティングでは、今後CRMへの取り組みやリエンゲージメント広告の出稿が活発化していくのでしょうか。
例えばゲーム・アプリは長期タイトル化してきているので、「これからは新規インストールではなくて、リエンゲージメントやCRMの時代だ」といった風に各種マーケティング施策の流行が変化しているかのように間違って捉えている方が多い気がします。実際には、全部同時に行わないと効果は最大化できません。当たり前の話なのですが、アプリをリリースする前から全体的なマーケティング・シナリオを設計すべきなのです。それなのに新規インストール広告についてはマーケティング部署と代理店の事項となり、CRMはアプリの開発担当者がサービス改善やイベント設計の一環としてプッシュ通知を担当し、という具合に個別最適ばかりを繰り返しているというのが現状だと思います。
だからこそ、当社の顧客に対しては、出来る限り広告とCRMの双方を掌握できるアプリの事業責任者を窓口としていただくようお願いしています。部署ごとにばらばらの施策を打つのではなくて、一貫したシナリオに基づいてユーザーとコミュニケーションを図りましょう、そして新規広告、リエンゲージメント広告、CRMの評価軸を統一しましょうだなんて、基本中の基本というレベルの話です。逆に言うと、当たり前のことを当たり前にできているアプリはしっかりと成長しています。ただそうした当たり前のことができている事業者は残念ながら全体の1割前後かなという印象です。
― なぜアプリ広告市場はインストール偏重になってしまったと思いますか。
広告の売上高というのは単価×数量で決まります。1000円の広告費に対して3000円を課金できるユーザーと、300円の広告費でインストールしてくれるけれども10円しか使わないユーザーでは後者の数量の方が圧倒的に多いので、広告代理店が売上を伸ばそうとすれば、インストール数ないしCPI偏重になる場合があるというのは事実でしょう。
一方でアプリ事業者も、ダウンロード数が着実に伸びていることをIR情報として示すことができたら好都合です。もちろん株主にとっては本来、アクティブ・ユーザーの推移こそが重要なのですが。このような形で、広告代理店とアプリ事業者の裏事情がうまく一致したというのが要因の一つではないかなと思います。
非IT企業がアプリをマネタイズできない理由
― アプリ開発をしたものの、マネタイズできない企業も多くあると聞きます。
ウェブとアプリの両方でサービスを展開している事業者の大多数が、ユーザーの活動量のより多いアプリ・サービスの方がLTV(顧客生涯価値)が高いと言います。だからウェブである程度マネタイズできているサービスのアプリ版をつくれば、大体の場合はうまく行くのではないでしょうか。
逆に非IT企業が自社の事業と直接的に連動していないアプリをつくると、高い確率で失敗します。アプリを常に改善する体制を持たない場合も然り。とりわけ自社内にアプリのエンジニアを抱えていないと、1回ごとに発注するのが手間になるので、改善作業がなかなか進みません。またアプリは単機能仕様にすべきです。今は多機能になったLineもまずはメッセージング・アプリとして普及してから、徐々に機能を追加していきました。ところが非IT企業が外部の開発会社に委託すると、打ち合わせの度に新機能のアイデアが生まれ、受託会社は開発作業量が多いほど売上が高くなるのでどんどん機能を付け足していき、非常に複雑で使いづらいアプリが出来上がってしまう。
結局のところ、上手くいっていないアプリは、目標をきちんと設定していないケースが非常に多いと思います。よく分からないまま、広告代理店からテレビ広告出稿とパッケージでアプリ開発を提案されただけといった話もよく耳にしますし。
― それでは非IT企業はどのようなアプリを開発すべきなのでしょうか。
①本業に対してプロモーション目的となるようなもの、②小売業なら販売チャネルとなるもの、③本業の会員に対するCRM目的となるもの。この3つのうちのいずれかから目的を絞り、単機能仕様に設計すべきです。
成功事例として思いつくのは、米国のドミノ・ピザ。リピーターの7割が毎回同じ注文を繰り返すことに着目し、アプリを立ち上げた瞬間、前回の注文と全く同じピザが自動的に届くというAmazon Dashのピザ版のようなものを出して、人気を集めています。
アプリ広告単価の高騰がもたらすもの
― アプリ広告市場の今後の見通しをお聞かせください。
新しい巨大なメディアが立ち上がらない限りは、業界全体としての広告単価の高騰は避けられないでしょう。大手広告プラットフォームの広告単価はすべて高騰しています。するとROASが圧迫されるので、代わって独立系のアドネットワークやDSPの利用を検討することになるのですが、そこにはアドフラウドに対する懸念があります。一方の大手広告プラットフォームは本格的な不正対策をしています。だからこそ、アドネットワークやDSPがどれだけ透明性を確保できるかというのが今後は肝になってくるのではないでしょうか。
広告主が「発生が報告されたアドフラウドは、どの広告面で発生しているのですか」と問い合わせると、いくつかのアドネットワークやDSPからはしばしば「具体的な媒体名は公開していません」といった回答が戻ってくることがありますが、一体誰を客と思って商売しているのか。独立系が努力を怠れば、大手プラットフォームとの差は開いていく一方です。
― 貴社の今後の展開を教えてください。
既にお話した通り、「CRMの方法がよく分からない」というアプリ事業者は意外と多いのです。そうした事業者を支援するために、AIによるCRM活動の自動化を進めています。キャンペーン内容さえ入力していただいたら、どのユーザーが休眠しそうでどのユーザーが課金しやすいといったことを予測した上で、あとはシステムがCRM活動を行うという仕組みの実証実験を実施中です。
この実験を通じて、ユーザーがアプリを立ち上げている時間帯を予測することで、どのタイミングであればプッシュ通知を開きやすいかといったことを把握できるようになってきました。またレコメンデーションを通じてどのユーザーに例えば漫画作品を読ませれば継続率が高そう、ということもAIが学習しています。
FacebookやGoogleもAIを使って自動化を促進していますよね。アプリのCRMツールの自動化も今後どんどん進んでいくと思います。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。