「アプリ市場はもうすぐウェブ市場を凌駕する」-アトリビューション計測のAdjustが語るアプリ・マーケティング最新動向 [インタビュー]
モバイルアプリが、一般企業のマーケティングに本格的に活用されるようになってきた。アプリとウェブは今後いかに使い分けされるのか、または片方がもう一方を飲み込んでしまうのか。10月に来日した、ドイツ生まれのモバイルアプリのアトリビューション計測企業Adjust(アジャスト)共同創業者であるポール・ミュラー氏に最新の市場動向と合わせて見解を尋ねた。
(聞き手:ExchangeWire Japan 長野雅俊)
アプリのアトリビューション計測は閉鎖的な市場
― まずは自己紹介をお願い致します。
Adjust共同創業者兼CTOのポール・ミュラーです。2012年にドイツのベルリンにその他2人の創業者と共に会社を設立。日本オフィスは2014年に開設しました。世界で14拠点に計180名が在籍しており、日本では15名の社員が約400社に対してサービスを提供しています。
― Adjustの事業について簡単にご紹介ください。
Adjustは、モバイルアプリのアトリビューション計測を行なう会社です。混同されがちな「アプリ解析会社」とは根本的に異なります。アプリ解析がアプリのユーザー層などを把握することを主な目的としている一方で、アトリビューション分析はモバイル広告にどれだけの金額を費やし、そしてその広告がどのような効果をもたらしたかをデータとして提示するもので、この種の業務を本格的に行っている企業は世界でも片手で数えるほどしか存在しません。
その理由としては、アプリのアトリビューション計測を行なうためには、デスクトップPCのウェブ・マーケティング分析とは異なる独自の技術が必要であるというのが一つ。また様々なデータを分析するためにはGoogleやFacebookといった大手企業と事業提携を結ぶ必要がありますが、こうした企業は一定の事業規模を持たなければ提携を結んでくれません。結果的に非常に閉鎖的な市場となっています。
― 競合他社との最大の差別化要因は何ですか。
私のアプリ開発企業としての出自です。私は、アップル社がApp Storeの運営を開始した直後の2009年に既にアプリを開発していました。つまりアプリ開発における草分け企業です。その後数年間で24個のアプリを開発し、総計1000万件以上のインストールを獲得。その中の一つに「アプリ検索アプリ」があったのですが、これが転機となりました。その「アプリ検索アプリ」の中で、何人のユーザーが紹介されたアプリへのリンクをクリックして、インストールしたか、つまりはアトリビューション分析を行なうようになったからです。関連技術を次々と開発していき、やがて専門企業を立ち上げるに至っています。
つまり、アドネットワーク出身の創業者が立ち上げた競合社とは出自が異なるのです。彼らはアドネットワークの視点からアプリ市場を見ています。我々はアプリ開発者の視点つまり顧客の立場に立って市場と向き合っています。その姿勢こそが我々の中立性そして分析の正確性に大きく寄与していると自負しています。
我々は中立性を重視しているため、顧客に対して、どの広告在庫を購入すべきかといった助言をすることも控えています。もちろん顧客の方々とは随時情報交換を行っていますが、我々は代理店ではありません。アトリビューション計測とコンサルテーション業務は利益相反になり得ます。お勧めした広告在庫に関するデータを色づけするということが起こり得るからです。それだけは絶対に避けたい。だから我々は「中立的にアトリビューション計測を行なう」という立場をしっかりと守るように努めています。
― 主にどのような業種の企業を顧客としているのでしょうか。
弊社サービスを利用する日本企業の業種は多岐に渡ります。eコマースでは楽天様、メルカリ様、ゲームではバンダイナムコエンターテイメント様、キュレーションメディアではグノシー様、スマートニュース様などにご利用いただいています。一時期はモバイルアプリ市場の大部分を占めていたゲーム業界ですが、アプリ市場の成熟を受けて、一般企業のマーケティング事業部が顧客とのコミュニケーションを目的としたアプリの運営を開始しているので、今後はゲーム企業以外の顧客層も急速に拡大していくと見込んでいます。
数年後にはアプリがウェブを追い越す
― アプリ市場はウェブ市場と同規模まで成長すると思いますか。
「アプリ文化は間もなく消滅する」と予測する向きもありますが、アプリ利用時間は増加の一途を辿っています。またユーザーは、ブラウザ特有のログインという行為を厭うようになってきている。さらにはまだインターネットに触れたことがない何十億人もの人口が初めてインターネットを利用するとき、彼らが手にするのはきっとPCではなく、モバイルでしょう。
これらの事実を鑑みると、私はアプリ市場がやがてはウェブ市場を凌駕するようになると思います。アプリ市場は5年ほど前まで世界規模で見ても10億ドルほどの小さな市場でした。それが今や弊社がトラッキングしているだけでも、その数十倍となる数百億ドル分の市場規模を持ちます。数年後には、アプリ市場はウェブ市場に拮抗またはもはや追い越しているというのが私の見立てです。
― ウェブ・マーケティングとアプリ・マーケティングの最大の違いは何ですか。
ウェブに比べて、モバイルアプリの方が利用時間は圧倒的に長い。今やスマートフォンの利用時間の実に9割をアプリが占めます。またユーザー体験がより快適なので、eコマースにおいてはウェブに比べてアプリの方がコンバージョン率は高い傾向にあります。またゲームに関しては、同じハードウェアを使いながら常に最新の技術を利用することを可能にする唯一の手段がアプリです。
ほかにもアイコンがホームスクリーン上の言わば不動産と化していることや、プッシュ通知という独自の機能を持つこと、ユーザーがログインせずとも企業がユーザーと直接的なコミュニケーションを取ることができるなどの点に特徴があります。
一方で、もちろんウェブ・マーケティングとの共通点もあります。例えばeコマースは計測方法こそ異なるものの、ユーザーがカートに商品を入れたかどうか、きちんとチェックアウトしたかどうかを注視するという点はウェブ施策と同様です。また配車サービスなどアプリを起点として始まったビジネスは、事業全体のKPIとアプリ施策のKPIがほぼ連動しているのではないでしょうか。
Cookieのトラッキング技術は間もなく消滅する
― 近年では、クロスデバイスソリューションが次々と誕生しています。これらのクロスデバイス技術は、アプリのみに特化した貴社のようなソリューション企業にとっては脅威となりませんか。
クロスデバイストラッキングを扱う企業の多くは、ウェブを起点とし、アプリ領域を補完するという形で発展してきました。ところが、彼らにとって言わば土台となるウェブのトラッキング技術は廃れつつあるというのが現状です。
アップルが今年発表したiOS11の新規トラッキング防止技術が、Cookieを利用してウェブ上のトラッキングを行ってきた企業の大きな悩みの種となっているからです。実際に大手広告配信プラットフォームの中には、iOS11へのアップデートが彼らの収益に影響を与える可能性があるとのプレスリリースを株主向けに発表している企業もあります。Cookieを使ったトラッキング技術は間もなく消滅するでしょう。
ほんの少し歴史を振り返れば分かるはずです。まずはサードパーティーCookieがモバイルから取り除かれました。そして今では不審と判断されたあらゆるCookieを除外するようになっています。Appleが先鞭をつけ、Googleが追随した。両社はCookieが存在しない世界を構築したいと思っている。AppleがウェブのブラウザでもサードパーティーCookieを除外すると発表した暁には、「Cookie業界」とも言うべきものが直ちに崩壊するでしょう。
それではCookieに代わるトラッキング技術は何か。最も自然なのは、アプリで利用されている広告IDをウェブブラウザにも適用することです。既にGoogleはChromeのユーザーすべてに広告識別子を入れているので、もはやCookieを必要としていません。やがてブラウザはアプリのように動作するようになるでしょう。そうなれば、ウェブに主軸を置くクロスデバイス企業は苦戦することになる一方で、アプリのトラッキング技術はウェブにも適用され、我々こそがクロスデバイス企業となるはずです。
― 近年ではアドフラウド(広告詐欺)が問題視されています。貴社が把握されている限りで、アドフラウドに関する日本の状況をお聞かせいただけますか。
一般的に思われているよりも日本の状況はずっと悪い。「アドフラウドのような不正は当然起こり得る」との認識が定着している文化圏もある一方で、日本では「アドフラウドに手を染める悪徳業者などいるのか。少なくとも国内の事業者はこのようなことはしない」といったような雰囲気がまだあるように感じられます。「日本国内の事業者はこのようなことはしない」という見方はある意味では正しい。ただし、日本でアドフラウドを行うに際して、必ずしも日本の事業者である必要はないことを理解すべきです。
またアトリビューション計測において、ウェブではCookie、アプリでは広告IDを中心とするそれぞれ異なるトラッキング技術が適用されているのと同様に、アドフラウドにもそれぞれ独自の技術が使用されています。つまり、アプリ特有のアドフラウドは、ウェブの技術では防ぐことができないのです。
アプリ特有の主なアドフラウド形態としては、例えばアップルが発行する広告IDであるIDFAをアトリビューション計測企業へと大量に送り続け、実際には広告を閲覧せずにアプリをインストールしたオーガニック・ユーザーと合致させることで「広告を閲覧した上でインストールした」と認識される状態をつくってしまうなどの手法などが挙げられます。またインストール直後に不正クリック送信を行う「クリック・インジェクション」と呼ばれる高度なアドフラウドも問題です。これらの事例を含めて、弊社ではアジアにおける広告在庫の10~20%がアドフラウドに当たると考えています。防止ツールを使っていない広告主は、オーガニック・ユーザーのインストールに対して相当な金額を支払っていることになります。
アドフラウドを事後的に知っても何の意味もない
― それらのアドフラウドに対して、貴社ではどのような対策を取っていますか。
真の意味でのアドフラウド防止ツールを提供しています。あえて「真の意味」と強調したのは、「不正防止ツール」という用語が世間では濫用されている感があるからです。
最大の違いは、レポーティングにあります。「先月にあなたの会社はアドフラウドに対していくら支払いました」という内容のレポーティングには何の意味もありません。そんなことを事後的に知ったところで、何ができますか。アプリ運営者がアドネットワークに対して「アドフラウドに使われたので、広告費の20%を返金してほしい」と言っても、そのアドネットワークは既に媒体に対するレベニューシェアを支払った後。一度支払ったお金を回収するのは非常に難しいですよね。
だから、我々のように「先月はこれだけのアドフラウドを除外したから、あなたの会社はいくら節約できました」と報告するのが本来のレポーティングのあり方なのです。不正クリックを確認した際には、アトリビューションとして計測されたアドネットワークに対してそのクリックはアドフラウドによるものであると伝えた上で、代わってオーガニック・ユーザーや正規のクリックを得たアドネットワークにアトリビューションを与えています。
もちろん、不正と判定されたクリックをめぐり、我々とアドネットワークが揉めることは時々あります。ただし、アプリを運営する企業がアドネットワークと揉める必要はない。これは大きな違いです。
― 不正防止機能は、貴社の既存ツールに統合されているのでしょうか。
いいえ、統合はしておらず、別途有料で提供させていただいています。有料にすることで、クライアントの為に我々自身が不正に立ち向かう動機が生まれるからです。
我々のビジネスの根幹は、アトリビューション計測にあります。つまり、アプリを運営する企業に対して、非オーガニック・インストール数に応じた従量課金型サービスを提供するというビジネスです。アドフラウドを除外すれば、アトリビューションの計測件数が減少し、我々は収入減となる。そうした状況では、アドフラウドを除外しようとするインセンティブが働かない。ビジネスとして運営する以上、倫理的だけではなく、経営的にも理に適った事業モデルを策定する必要があるとの考えから、アドフラウド防止機能には別途課金させていただいています。そうすることで、私たちはアドフラウド対策で失ったアトリビューション分をアドフラウド防止ツールの利用料金で補填し、アプリ運営者はその防止ツールの利用料金を上回る節約ができるという仕組みとなっているのです。
― アプリのリワード広告に関する貴社の見解をお聞かせください。
アプリストアのランキングを上昇させることでインストール数を増やすという旧来の目的においては、リワード広告はもはやほとんど機能していないのではないでしょうか。Googleは既にGoogle Play の設計を変更し、アプリストアのランキングにリテンションやユーザーエンゲージメントを加味するようになってきています。リワード広告でありがちな「インストールはしたけれど、エンゲージメントがない」という状況はランキングを下げるので、むしろ逆効果。アップルの方針については不明な部分が多いですが、いずれにしてもランキング操作という行為を問題視しているのは確かです。
ただあくまで例外として、リワード動画広告つまり動画を観ることでリワードを得られるタイプの広告は、ブランディング目的に活用できる可能性はあります。またゲームを紹介する動画を観た後でインストールされた場合には、エンゲージメントが高いゲームユーザーになるという事例が出ています。こうしたブランド企業か、もしくはコンバージョン率の高い動画広告を持つゲーム企業でなければ、リワード広告という手法はもはや機能しないと言っていいでしょう。
媒体ごとのROIが分からないなんてどう考えてもおかしい
― アプリ・マーケティングは今後どのように進化していくのでしょうか。
進化の一例として、弊社では今年6月に、デバイスIDをセグメントして抽出した上でリターゲティングやプッシュ通知のターゲット配信に利用できる「オーディエンスビルダー」をリリースしました。今までは集めたデータを管理画面で確認するというのが弊社サービスの主な利用法でしたが、オーディエンスビルダーでは、見るだけではなく、集めたデータを抽出してアクションを取ることができます。例えば過去に50ドル以上を費やしたにもかかわらず、直近の7日間はアプリを利用していないユーザーを取り戻したいという施策を取ることができるのです。
従来は、このような施策を展開する際には2つの方法がありました。一つはそのようなことを可能にするシステムを自社開発するというもの。ただし、無数にあるデータポイントを分析しなくてはならないので莫大なコストが発生します。もしくはアドネットワークに広告と関連したあらゆる動きに関するデータを送信することもできますが、大事な収益源に関する情報を外部へとさらすことになります。自社の利益を損なう可能性があるだけでなく、会社の規約としてそのような情報を第三者と共有することが許されていない場合があるといった問題がありました。
そこで我々は、あらゆるセッションやイベントを対象としたリアルタイムのセグメンテーションができて、また外部アドネットワークと共有しても安全なユーザーのデータベースを構築することにしたのです。URLを通じて、アドネットワークにIDFAで構成されたIDベースのリストを渡すことができます。
この機能は、例えばあるゲーム企業が、株式市場に上場していることから第三者に収入源に関する情報を明かせないが、既に特定のゲームアプリに一定の金額を費やしているユーザーに対してFacebookを通じたターゲット配信をしたい場合などに活用できます。またリターゲティングにも有効です。現状では一般的なアドネットワークにおけるリターゲティングの精度が良くない場合があります。そしてリターゲティングに特化した企業が高額な料金を課金しているケースもあります。しかし、オーディエンスビルダーを活用すると、この状況を改善させることができるようになります。
― アプリを使った本格的なマーケティングが実施されていることが如実に分かる例ですね。
さらに10月には、「広告コストAPI」を発表したばかりです。現状では、一つのキャンペーンを実施する中で各媒体にどれだけの支出をしたかをプログラマティックに知ることができません。ましてやユーザーごとの顧客獲得コストも分からない。分かるのは、特定のアドネットワーク全体でいくら費やしたかということだけ。GoogleやFacebook以外では、広告コストのデータを送信するための統一したシステムや基準がないのです。
しかし、媒体ごとのROIが分からないというのはどう考えてもおかしい。絶対に必要な情報だからこそ、各企業はエクセルなどを使って手仕事で計算して推定、分析そして会社に報告しているわけです。プログラマティック広告であるにも関わらず、分析に関しては手仕事と推量による作業がついてきます。
我々の「広告コストAPI」では、アドネットワークを通じたすべてのクリック、インプレッション、インストールなどのアクションに対してどれだけの費用がかかったかを表示します。既にいくつかの大手ネットワークがAPI連携に合意してくれました。業界を一新させるツールとなるはずです。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。