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「ユーザー識別技術の世界標準になる」―推定型クロスデバイス・マッチングのドローブリッジと三井物産が日本市場参入 [インタビュー]

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クロスデバイス・マッチングの米国大手ドローブリッジが、三井物産と戦略パートナーシップを締結し、日本市場に参入すると発表した。数多くのアドテク事業者が自社のクロスデバイス関連保有技術を喧伝する中で、草分け企業である同社の技術や事業モデルはどう異なるのか。7月末に来日したカマクシ・シバラマクリシュナンCEOとウィンストン・クロフォードCOO、そして三井物産のICT事業本部のITサービス事業部マーケティング事業第一室長の津田圭吾氏と同室のチームリーダーを務める芹澤新氏に話を聞いた。

(聞き手:ExchangeWire Japan 長野雅俊)

まずはアドテク事業者向けデータ販売に注力

― 両社が資本業務提携を締結するに至るまでの経緯についてお聞かせください。

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クロフォードCOO: 交渉が始まったのは約1年前です。その以前からドローブリッジはグローバル展開の一環として日本進出を検討しており、日本市場を深く理解している有力なパートナーを見つけることを課題としていました。そこで提携先の候補をリストアップし、5、6社と協議を行いましたが、三井物産からのお問い合わせを受けて同社との交渉が始まってからは、気持ちはすぐに固まりましたね。確かな実績があることに加えて、三井物産であれば特定の業界や業種などに縛られることなく、日本のあらゆる企業と取引ができるという点をとりわけ高く評価しました。我々としては、いわゆるアドテク事業者だけではなく、今後マーケティングやセキュリティ企業ともお付き合いしていきたいと考えているからです。

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津田氏: 三井物産は2016年9月まで運営していたAOLとの合弁事業を通じてアドテク分野の市場成長を取り込んで行きたいと考えておりました。背景にあったのは、米国でベライゾンとAOLがGoogleとFacebookに対抗すべく様々な買収等の打ち手を行っており、この2社が業界を牽引して行く中でも、ベライゾンとAOLが一定の存在感を確保できるのではないかという期待感。それ以外の米国の事業者はポイント・ソリューションも多く、大手プラットフォームに統合される可能性が高いと見込んでいたのです。

ただAOLとの事業から撤退することになり、我が社は方針転換を迫られました。その際に強く思ったのが、アドテク単体だけではなくマーケティング・テクノロジー(マーテク)にまで展開できて、かつファンダメンタルな技術を持ちたいということ。中でもクロスデバイス関連技術が今後は鍵になるということで、様々な関連事業者を調べたところ、ドローブリッジがトップ企業であるということで、こちらから日本での事業についての相談を持ちかけました。

―ドローブリッジは米国ではDSP運営とデータ・ビジネスの双方を行う一方、日本では後者のみに注力すると伺いました。

シバラマクリシュナンCEO: 当社は「ユーザー識別技術の世界標準になる」ことを長期的なビジョンとして掲げています。いまやあらゆるプラットフォームやアプリケーションがユーザー識別を必要としており、ユーザー識別技術こそが我々が持つ最大の資産です。この観点から、米国と英国以外の市場において我々はDSP運営には乗り出さず、ユーザー識別データを提供する事業モデルを採用しました。近い将来には米国や英国においてもDSP運営からデータ・ビジネスへと軸足を移していくことになるでしょう。

津田氏: 我々もAOLとの合弁事業においてDSPを運営していましたが、この分野は非常に競争が激しく差別化が難しいという印象を持っています。そこで日本市場に新たなDSPを持ち込むよりも、むしろ国内のDSP事業者にデータを活用して頂く立場で、DSP事業者と協業する方がビジネスとしては理に適っている。「ユーザー識別技術の世界標準になる」というドローブリッジのグローバル戦略とも合致するということで、日本ではデータ・ビジネスのみに注力するという判断に至りました。

芹澤氏: 加えてデータ・ビジネス分野の方が、裾野が広いという点も大きいです。まずはアドテク事業者にご評価してもらい、次のステージではアドテク事業者とお付き合いのある広告主の方々にマーテクとしてご利用いただき、さらにはユーザー認証を目的としたセキュリティ分野などまで展開していけるというのは魅力です。

特定型と推定型データの組み合わせが鍵に

― 日本市場に対する印象をお聞かせください。

クロフォードCOO: 日本は世界で5番目に大きい広告市場であるというだけでなく、アドテクに限定しても米国や欧州と並ぶ市場規模を持っています。また日本ほどスマートフォン及び携帯電話が日常生活の中で活発に利用されている国はなかなかないでしょう。モバイル機器へのこだわりは米国以上かもしれません。だからモバイル用のユーザー識別子とウェブ用の識別子といった異なるデジタルIDをクロスマッチングさせることで同一ユーザーを推定する我々の技術は、日本市場において重宝されると信じています。

シバラマクリシュナンCEO: ただし、米国本社を設立した当初はクロスデバイス・マッチングに関する啓蒙活動に一定の時間を費やしました。日本においても同様に、市場の理解を得るまでにはいくつかのステップを踏む必要があると考えています。

― 日本企業も消費者データを活用していますが、さらなる啓蒙活動が必要でしょうか。

クロフォードCOO: 確かに多くの日本企業が既に様々なデータを駆使しています。我々が申し上げているのは、ドローブリッジが扱うクロスデバイスのデータを各社の商品やサービスに落とし込んで使うノウハウが確立されるまでには、一定の時間が必要になるかもしれないという意味です。米国や欧州での成功例をそのまま適用しようとすると必ず失敗します。だから日本市場の独特の事情やビジネスにおける微妙なニュアンスを我々が謙虚に学んでいかなくてはなりません。

加えて、ログイン情報などを基にした「特定型データ」と、弊社のようにCookieやIPアドレスなどのデバイス情報を基にユーザーを識別する「推定型データ」では扱いも異なります。特定型データの方がより優れているというのが一般的な認識でしょう。この考え方には一理ありますが、特定型データには限界があるというのも事実です。一方の推定型データは、その限界を補う役割を持っています。

【クロスデバイス・マッチングの種類】

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資料提供: 三井物産

シバラマクリシュナンCEO: 近年では推定型データとファーストパーティーデータを合わせたハイブリッドモデルとしての利用例も出てきています。つまり推定型と特定型のどちらが優れているかという議論ではなく、いかに両者を組み合わせることで有効なマーケティング施策を行うかを検討する時期を迎えているのだと思います。

津田氏: CRM分野でも特定型と推定型のデータを組み合わせることができます。例えばログインしているユーザーには、メールアドレス等の登録情報を基に統合されたCRMデータを利用して既存顧客へのパーソナライズ対応を行うことが可能ですが、ユーザーが常時ログインしているとは限りません。購入時のみログインするという方も多いでしょう。この部分を推定型データで補完することができます。

草分け企業としてのプライドと技術力

― 近年では多くの事業者がクロスデバイス・マッチング技術を保有していると謳っています。そうした事業者との一番の差別化ポイントは何ですか。

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シバラマクリシュナンCEO: まず「クロスデバイス・マッチング」というカテゴリーを創設したのはドローブリッジです。当社が設立された6年前の時点で既に異なる端末をまたいだユーザー識別の必要性は指摘されており、需要があることは明らかでした。だから、クロスデバイス・マッチングを提供するソリューションが一つ生まれれば、追随企業が次々と生まれていくことに何ら不思議はありません。ただ米国で市場を牽引し続けながら、グローバル展開を行ない、かつ独立性を保った企業というのはドローブリッジをおいてほかにない。ある大企業の傘下に入った結果、特定企業に対してのみソリューション提供を行うようになった事業者もいます。グローバル規模で事業を行っていること自体がドローブリッジの一つの大きな差別化ポイントです。

また当社はデータの質と量そして技術力の高さにおいて圧倒的に優れています。我々は技術力へのこだわりを企業のDNAとして持っている。CEOである私自身が機械学習情報理論及びデータサイエンスに関する研究で博士号を取得しており、また当社は米ニュース専門放送局のCNBCが選出した「変革を起こす50のAI企業」リストに名を連ねる唯一のデータ企業です。

最後に、ドローブリッジはクロスデバイス・マッチングを出発点として事業を開始しましたが、現在ではデータ・ビジネス領域を拡大しつつあります。ユーザー観点から言えば、クロスデバイス・マッチングはあくまで数あるソリューションの中の一つに過ぎません。我々は、消費者データ全般を事業対象としています。この点がクロスデバイス・マッチングのみを標榜している企業との違いです。


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芹澤氏: 資本提携を締結する前に、デューデリジェンスの一環として、ドローブリッジの顧客に対するヒアリングを我々の方で実施しました。皆様が口をそろえて言ったのが、アプリのデータとウェブのCookieのデータを正確に結びつけるソリューションはあまりなく、高い精度で可能としているのはドローブリッジだけだということ。精度の高さにおいては同社の技術は抜きん出ているのではないでしょうか。

津田氏: クロスデバイス・マッチングを謳っているアドテク事業者が、実はドローブリッジのソリューションを使っているという事例も多くありました。またクロスデバイス・マッチング機能を提供する関連事業者の中にはログインなどを前提とした特定型を採用していることも多く、推定型の技術を持っているプレーヤーは実はそれほどありません。仮にその技術を持っていたとしても、データ・ビジネスとしてサービス提供している企業となると極めて少ないというのが実情です。

―ドローブリッジ社はどのようにしてユーザー識別を行っているのでしょうか。

シバラマクリシュナンCEO: 我が社では、アドエクスチェンジ、アドマーケットプレイス、SSPなどに接続されたDSPを運営しています。このネットワークを通じて、デジタル広告を閲覧したユーザーの行動をデータストリームとして取得しているのです。このデータの中身はデバイスIDやCookie IDなので、個人を特定するものではありません。そして、この情報を基にデバイス情報を確認し、さらには肝となるクロスデバイス・マッチング技術を通じて異なるデバイスでも行動様式に十分な共通点がある場合は同一ユーザーであると見なし、合わせてそのユーザーがどの世帯に属しているかを識別。ユーザーが訪れたウェブサイトのテキスト分析なども行いながら、各ユーザーの性別や年齢、どんなものを購入したいと考えているのかを示す情報を取得します。

ドローブリッジでは、グローバル規模で約10億人分のこうしたユーザー情報を月間アクティブデータとして蓄積、日本でも約7000万人分のデータを取得しています。アクティブなインターネット・ユーザーにリーチできるという点も非常に重要です。ユーザー情報を保有していたとしても、それらのユーザーにリーチできなければ意味がないからです。

日本市場参入にはベストなタイミング

―ドローブリッジのデータを利用するにはどのような手続きが必要ですか。

芹澤氏: 導入企業様がお持ちのCookieやアプリのデータとドローブリッジが保有するクロスデバイス・マッチングのデータベースをシンクさせます。データ量にもよりますが、基本的には準備期間として約1カ月をご用意いただいています。

クロフォードCOO: 一旦Cookieシンクさせれば、その後は我々のデータを定期的に送信するので、導入企業の商品やサービスのデータと継続的に統合されていくことになります。APIベースでデータを常時連携させるモデルもありますが、効率性の観点から週1回の頻度で大量のデータをアップデートするという形式を利用する企業がほとんどです。

― 最後に日本進出についての意気込みをお聞かせください。

津田氏: 既に日本での営業活動を始めていますが、「クロスデバイス・マッチングとは何か」という説明が不要な場合も多く、すぐにソリューションの詳細またはその精度についての議論に入ることができています。クロスデバイス事業で日本市場に参入するのはベストなタイミングであると考えています。

芹澤氏: 日本のパートナーやデータマーケティング事業の顧客候補の皆様は非常に良い反応で、優れたプロダクトであることが実感できており、これから非常に楽しみです。

シバラマクリシュナンCEO: 三井物産との提携は必ずうまくいくと信じています。今回の日本滞在中にかなりの手ごたえを覚えました。日本での活動を今後ますます加速させていきたいと思います。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長

ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。