「アドテクの理想と現実」にパブリッシャーはどう向き合うべきか?-大手ニュースメディア担当者が語る課題と未来- [インタビュー]
プログラマティック が普及して以降、媒体社を取り巻く広告ビジネス環境が変わったといわれているが、日本におけるその実態や実務を担う関係者による現場の声は、実はあまり多くが取り上げられているわけではない。
パブリッシャー・トレーディングデスクとして日頃パブリッシャーを近くで支援しているbrainyが、パブリッシャーのプログラマティック広告実務担当者へのインタビューを通じて、日本のパブリッシャーが置かれているビジネス環境や、昨今のアドテクノロジー界隈のトレンドについて率直に感じていることなどをお伝えするシリーズ。
第二弾は、産経デジタルの広告実務責任者へのインタビューをお届けする。
★インタビュー対象
株式会社産経デジタル営業本部営業推進チーム主任 飯田修弘氏(写真真ん中)
アドテクノロジー全般の運用と導入を担当。入社以来12年間のキャリアの上で、純広告の販売からプログラマティックでの取引まで携わり、キャリアでの半分以上はいわゆる運用型広告を中心に取り組んできた。
★聞き手
株式会社brainy
2017年3月、株式会社オプトから会社分割により設立。様々なアドテクノロジーを駆使することでネット広告収益の最適化を支援する「パブリッシャー・トレーディングデスク」を、国内プレミアム媒体を中心に展開している。
代表取締役社長CEO 山岡真士氏(写真一番右)
パートナーブレイン戦略部 塚本くるみ氏(写真左)
独自コンテンツの発信に注力する「産経デジタル」
山岡氏(brainy): 飯田さんはこの業界に12年携わっておられるとのことですが、12年前というといま身の回りにあるアドテクの基盤が何もない頃ですよね。
飯田氏(産経デジタル): その当時は、ようやくアドネットワークとかアフィリエイトが徐々にでてきたというレベルの時代ですね。
山岡氏(brainy): なるほど。その頃からなので、かなり豊富なご経験をお持ちですね。運営されているメディアにはどのようなものがありますか?
飯田氏(産経デジタル):「産経ニュース」「iza」「SANSPO.COM(サンスポ)」「zakzak」「SankeiBiz」といった、それぞれ特色の分かれるニュースサイトと、オピニオンサイトの「iRONNA」、ライフ系サイトの「cyclist」や「IGN」「ZBAT!競馬」といった9サイトに加えて、最近では「産経プラス」というアプリを運営しています。後半のサイトとアプリはここ4、5年で展開し始めたもので、産経デジタルという会社で独自コンテンツの発信にも注力しております。
塚本氏(brainy): 一口にニュースサイトといっても幅広く多様なメディアを運営されているのですね。近年でも拡大展開し続けていらっしゃるのは驚きです。
新聞社ならではのユーザビリティに配慮したマネタイズを実践
山岡氏(brainy): 現在Web、アプリなどの広告在庫はどのようにマネタイズされていますか?方針、体制、手法などについて教えてください。
飯田氏(産経デジタル): メインで運用型広告を担当しているのは私ともう1人の2名体制です。アドサーバーの管理や純広告の商品設計などの業務とも兼任しています。マネタイズに関しては、エクスチェンジ、SSPでベースの売上を作り、そこからPMPや個々の案件に対応をして高単価案件を獲得すべく、常に交渉や調整を行っています。
山岡氏(brainy): 2人で全てご担当されているというのはすごいですね。次にパブリッシャーとしての背景に関連してお聞きしたいのですが、産経新聞というメジャーな紙媒体を持たれているということによるマネタイズの特徴というものはありますか?
飯田氏(産経デジタル): ニュース系サイトでコンテンツメインなところがありますので、編集サイドと協議して、面や掲載位置、フリークエンシーなどの条件を定めて行っており、できるだけユーザビリティに配慮したうえで進めています。
塚本氏(brainy): やはりコンテンツの重要性が高いことがマネタイズにも関連するのですね。新聞社ならでは、というとどのようなことがありますか?記事の内容が様々ですので、どのような広告を配信していくか、という兼ね合いのような影響はあるのでしょうか?
飯田氏(産経デジタル): 新聞社サイトとして信頼性を強みに、ブランドセーフティを意識したプログラマティックの取引にも対応しておりますし、記事を読みに来るユーザーにストレスを感じさせないことを前提に、できるだけ広告市場に合わせた広告フォーマットを用意することを意識しております。また、記事ジャンルごとや特定の記事へ関心ユーザーセグメントに対しての配信を受け入れられるよう調整しております。
マネタイズ のキーワードは「動画」「PMP」「データ」「ネイティブ」
山岡氏(brainy): 昨今、マネタイズの方法はどのように変化していますか?一番体感されているのはどのような点でしょうか?
飯田氏(産経デジタル): ここ1、2年の変化としては、動画系のアウトストリームの引き合いが増えてきました。モバイルでの新しい動画フォーマットの話も増えてきているので、弊社のユーザビリティ条件に合うものをできる限り対応しています。
塚本氏(brainy): やはり動画は重要なキーワードになってきていますね。
飯田氏(産経デジタル): また、PMPではより効果が求められており、掲載媒体や広告枠を指定することはもちろんですが、一定以上のビューアブルによる条件などが求められています。加えて、自社データや3rdパーティデータ、更には広告主のデータをそのまま、または組み合わせを行うまでになりました。また、レコメンドを中心としたネイティブ型広告の精度も高まってきておりCTRの向上も確認できております。
出来るだけ広告主ニーズが高まっている「動画」「PMP」「データ」「ネイティブ」という領域で連携しながらプラスアルファにどうつなげられるかというところをテーマにして組織として取り組んでいるところです。
山岡氏(brainy): 特にPMPにおいては、かなり進んだところまで取り組まれている印象がありますね。
広がる距離感、広告主の声がパブリッシャーに届くアドテクを
山岡氏(brainy): パブリッシャーから見て、アドテクにはどのような「理想と現実」がありますか?課題なども含めて教えてください。
飯田氏(産経デジタル): 私たちを取り巻く環境は、テクノロジーの普及により高度化が進んでいるのは確かです。できる限り広告主ニーズを的確にとらえていくために、それぞれが保有しているデータを利用することが必要です。ブランドセーフティの観点からプレミアムな掲載媒体で掲載したいというニーズがありますので、できるだけそれを技術的に提供または受け入れる環境に持っていきたいと考えております。
直面している課題については、最近のアドテクはどちらかというとパブリッシャー主導ではない気がするので、パブリッシャーとしても主張していかなければならないと思います。
山岡氏(brainy): 確かに、かなり高度化してきていますね。未だに加速しているイメージさえあります。その高度化するアドテクにおいて、パブリッシャー視点で語られているケースは私も少ないと感じます
塚本氏(brainy): それにも関連するかもしれませんが、サプライサイドとデマンドサイドではどのような考え方の違いがあるのでしょうか?
飯田氏(産経デジタル): 広告主はより効率的に出稿したい、より効果を上げていきたい、というところだと思います。一方、パブリッシャーは収益を拡大させることを目的としております。広告主が効果を上げるための出稿を、パブリッシャーでもいかにお手伝いをできるかを考えておりますが、広告技術が高度化していく一方で、なかなかその声が媒体側に届いていないように感じられます。未だに、広告主のニーズにしっかりと応えられているかに関しては、正直疑問に感じています。
塚本氏(brainy): なるほど、アドテクによって広告主との距離感がより遠くなっているということですね。
掲載面の品質、評価方法はどうあるべきか
飯田氏(産経デジタル): もともとネットワーク型の広告は広告主の声が届きにくいところがあります。プログラマティックでの取引において、キャンペーンの目的に応えられているのか、パブリッシャー側に届かないところで動いてしまっている感じがしています。
昨今取りざたされているアドフラウド、アドベリフィケーションに関しては、どういう定義で決められているのか正確に把握しておりません。ただ、本当にそれが在庫として無駄なのかは、パブリッシャーとして知らねばなりません。正確な在庫であればきちんと届けたいのですが、その定義においてもパブリッシャーが後手になってしまっていると感じております。
山岡氏(brainy): 確かに、掲載面の品質について問われていることは数多くありますが、様々なソリューションによってその品質が正しく評価されているかは判断しづらいですね。飯田さんがおっしゃるように、評価の機械的な条件によってはプレミアムなパブリッシャーが外れてしまうこともあると聞きます。
そういったアドフラウド、アドベリフィケーションなどはデマンドサイドが使うソリューションですが、評価に対するズレはパブリッシャー側ではどういった方法で気づくのですか?
飯田氏(産経デジタル): その部分に関してはレポートを見ていて、あまりにも数値がおかしい際には広告主にお伝えするようにしています。パブリッシャーとしてはできる限り正確な広告在庫を提供していることに、意識し続けなければならないと思います。
我々は基本的にニュースサイトを運営しているので、事件に関するニュースも多いですし、そうした中でアドベリフィケーションがどういう形で進化するかによって、また広告主がどのように使うかによって、今後広告は変わってくるのだろうなと思います。このような状況は、広告主側でもマーケターがより効果と効率を上げるため強化されており、当然の流れではあると思いますが、その定義されている内容が理に適っているのか事業体ごとに見極める必要があるかと思います。
山岡氏(brainy): パブリッシャー側でもそういったソリューションに投資をして、問題の解決に動くという発想はあるものでしょうか?
飯田氏(産経デジタル): あります。正確な在庫を提供できればコストはかかったとしても、全然考えられないことではないと思います。ただなかなかアドフラウドやアドベリフィケーションをこちらから制御するサービスだと国内ではあまり話を聞きませんね。
パブリッシャーにとってのDMPとその課題
塚本氏(brainy): 海外と日本のパブリッシャーでマネタイズにどのような違いがあると思いますか?
飯田氏(産経デジタル): 海外が良いとか、国内が悪いとかではなく、文化に合わせることも必要ですし、海外の成功事例を鵜呑みにせず検討することも必要でしょう。広告のマネタイズという部分でいうと、どうしても海外の広告に比べると、国内の案件の単価は低い気がします。
山岡氏(brainy): そうですね、日本には特有の商習慣もありますし、海外の成功事例がそのまま当てはまるとは限らないですね。その点では、個人的にはDMPの有用性が海外と日本で一番開きのあるものではないかと思っています。米国などで有効活用されているほどには、日本国内では実用的な普及は追いついていないように感じます。米国と同様の水準で、パブリッシャーでのDMP活用は国内では難しいのではないかと思うのですがいかがですか?
飯田氏(産経デジタル): DMPを使うのであれば、複数の事業で連携してデータを保持し、ユーザビリティの向上や外部へのプロモーションの際に使うなど、パブリッシャーでは複合的に使うということをやっていくべきかと思いますが、データ分析や活用方法が難しいですし、コストも人材も必要で、かつ時間もかかるので、長期的にやっていかねばならないビジネスだと思います。
アドテクが次々に生み出す指標の定義に統一感を
塚本氏(brainy): パブリッシャー向けソリューションを提供しているベンダーに望むことはありますか?
飯田氏(産経デジタル): 大変になっているところでいうと、指標がバラバラになっている点です。それは広告主も感じていると思いますが、パブリッシャー側でも感じております。パブリッシャー側では取引形態がCPMやCPCが中心でしたが、VCPMとかビューアブルに関したものが増えてきています。蓋を開けてみると、そこでもベンダーごとの定義が異なり、意識しないと取引の公平性が保てなくなってしまいます。結局はこちらで、リクエストベースでならしてみるのですが、本当にそれぞれの評価が煩雑になっていますので、指標のルールはある程度決めてもらいたいです。そのほうが、取り組みやすいですね。
塚本氏(brainy): 動画向けサービスなどにおいてはその傾向が強いですね。動画になることによって評価するための指標も今までとは違ったものが必要になりますし。
飯田氏(産経デジタル): 広告主にとってもビュースルーCVがよいのか、クリックスルーCVがよいのか、といったところはあるでしょう。そういったところでもパフォーマンスが判定しやすい環境があって、取引形態を標準化するなど、もう少し整った状況があってもいいのではないかと思っていて、我々では難しいのでベンダーに意識していただきたいです。
塚本氏(brainy): 最後に、国内の他パブリッシャーに聞いてみたいことはありますか。
飯田氏(産経デジタル): シンプルに「運用の勝ちパターンを教えてほしい」ということです。どのアドテクノロジーをどんな方法で入れて、収益化を最大化させているのか、教えてもらいたいです。そのほか、弊社の広告運用は二名体制ですが、他社はどのような体制なのかも知りたいです。収益改善のためのABテストをどのくらいの頻度でやっているのか、といったところも参考にできればなと思います。
それと、運用型広告だけとは限らず、弊社では扱っていないビジネスで広告収益をあげているところがあります。そのなかに弊社のビジネスを拡大できるヒントがあるかもしれませんし、そういったものの仕組みや状況も知りたいと聞けると嬉しいです。自社に合った広告をどう取っているのかということに関しては、会社ごとの特色があるでしょうから、それを知りたいですね。
いろいろなことに取り組んで、トライ&エラーを繰り返さないと、判断がつきません。ですから、今後もできる限り積極的に新しいことを進めていきたいと考えています。
山岡氏(brainy): 新聞社特有のマネタイズや、広告主との距離感、品質評価ソリューションについての課題など、たくさんの貴重なご意見を伺うことができました。豊富なご経験のある飯田さんならではの視点が詰まった非常に勉強になるお話、ありがとうございました。こういったパブリッシャー側の声もしっかり反映して、デマンドサプライ両サイドにとって有益なアドテクの世界をつくっていきたいですね。
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。