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アジアのマーケターは業界から十分なサポートを受けていない [インタビュー]

(翻訳:Asia Plus 黒川賢吾)

大きな市場での限られた広告予算、業界プレーヤーからの不十分なサポート、昔からの問題を解決できないメディア購入の仕組み・・等々

これらはExchangeWireの電話インタビューに応じてくれたスターウッドホテル&リゾートのアジアパシフィック地域のデジタルマーケティングシニアディレクターであるJanice Chan氏が直面する問題である。地域統括のマーケターであり、プログラマティックを活用した経験をもとに、インタビューに答えてくれた。

彼女のデジタルマーケティングの予算の約半分がプログラマティックに向けられ、新規顧客獲得やリターゲティングを目的としたパフォーマンスベースのマーケティングディスプレイ広告に費やされている。「プログラマティックは過去の顧客のリターゲティングや同様の効果に優れており、効率的で費用対効果の高い活動が可能になります」、シンガポールを拠点とするChan氏は語る。

 

プログラマティックがより効率的で多くのセグメントのユーザーへのリーチを可能にする一方で、アドネットワークの時代から顕在していた問題を解決するに至っていない、とも彼女は語ってくれた。

 

- プログラマティックには、どんな利点がありますか? その逆に、残念に思ったところはどこですか?

プログラマティックの良い点はプロダクトに興味を持つユーザーにリーチできる点です。消費者に対して自由に入札が出来、費用対効果に優れた方法でコンバージョンを得ることができます。ただ効果測定や重複の透明性という点で、まだ改善しなければならないことがたくさんあります。これはアドネットワークが登場して以来、つきまとっている問題です。皆が同じウェブページの訪問者を狙って入札するので、複数のエクスチェンジを利用する場合は、同じサイトで複数回広告を貼ることになってしまいます。

 

また、効率的なエクスチェンジでより多くの広告枠を買い付けることになるので、より良いCPAを獲得することができます。したがって、クライアントの立場から言えば、特にCPAに基づいて自動的に買い付けを行える点に意味があり、獲得に対してお金を払っている為、無駄が少ない利点があります。ただ、このことが先ほど述べた、同じユーザーに対して同じ広告を何回も出すという問題につながってしまうわけです。

 

広告代理店やアドネットワークはこのような問題を防ぐことができると言う人もいますが、未だに解決されていない問題です。このままでは、広告が現実にいる消費者に向けて適切な場所に表示されていることを確認するために、クライアントが第三者を雇うことが必要になってしまいます。つまり、広告を効果的なものにするには、広告を出すこと以外にさらに費用をかけなくてはいけないことになるのです。

 

プログラマティックについて驚いたのは、アドネットワークでの買い付け時と同じ問題が起こることで、しかもあまり変化がないことです。クライアントの立場からすると、広告が同じサイトに複数回表示され、同じグループの消費者を追っていることになります。これはプログラマティックでは起こらないはずの問題でした。

 

- プログラマティックはあなたにとってどんなものですか?

主にディスプレイメディアや動画広告の消費者の入札や買い付けを自動的にしてくれるものです。

しかし、今のところプログラマティックのほとんどがパブリッシャーと結びついていて、複数のチャンネルで総合的なキャンペーンを展開したい時のフラストレーションになります。すべてがネットワークやパブリッシャーと結びついていたら、ネットワーク全体で効率的にキャンペーンを展開することができません。

 

- 広告代理店はそうしたことに対するソリューションを提供してくれませんでしたか?

はい、しかしながら、キャンペーンを展開したい複数のプラットフォームや市場を上手く管理できる広告代理店が見つからずに、複数の広告代理店を利用するとどうなると思いますか? リスティング広告とディスプレイ広告にそれぞれ別の広告代理店を利用することがあるかもしれませんが、両者が話し合うことはありません。

ですので、自社のDMPが必要になるのです。テクノロジー、広告代理店、パブリッシャーの限界がクライアントを縛り付け、全体的な展開をできないことがよくあります。すべてをインハウスでやればいいかもしれませんが、コストがかかりますし、それは広告主の中核事業ではありません。

 

- パブリッシャーが識別不可能なユーザーデータを他のパブリッシャーと共有し、広告主がまとめるといった協力体制を確立すべきだという提案がありますが、どうお考えになりますか?

パブリッシャー同士が協業できたら、素晴らしいことだと思います。パブリッシャーが競い合い、より多くのメディア企業を買い付けるほど、業界内の同じ大企業がパブリッシャーを所有することになるので、パブリッシャー間の透明性はなくなっていきます。BAT(中国の大手3社Baidu、Ailbaba、Tencent)がお互いコミュニケーションをとらない中国では、同様の問題が起こっています。彼らはお互いに情報を開示し合わないので、そこが私たちマーケターにとって問題になります。

 

- より良いデジタルマーケティング戦略を行うために、マーケターとして今日の業界に足りないと考えるものは何ですか?

広告の効果測定の業界スタンダードを定めるなど、業界規模のポリシーが必要だと考えています。不正行為を防ぎ、最小限に抑える方法について取り決めが必要です。

また、より優れたデバイス間のトラッキング方法も必要です。Facebook AtlasやGoogle DoubleClickなどがデバイス間のトラッキングに取り組んでいますが、活動の方法はバラバラです。パブリッシャーの中には一部のトラッキングを行っているところもありますが、まだ行っていない事業者もおり、マーケターが異なるトラッキングタグを全て管理するのは大変です。そのため、効率的なトラッキングを行うには、全体でどれだけのトラッキングタグが必要なのか、という問題に行き着くことになります。

 

- 広告代理店やアドテクベンダーにどんなサポートを期待しますか?

クライアントの立場から言えば、広告代理店の方々には、私たちマーケターとアドテクベンダーの仲介者として機能することを期待します。利用するアドテクベンダーを推薦したり、最新の開発トレンドについて情報を提供してくれたりしたら嬉しいです。今、広告代理店はそういうことを十分にできていないと思います。

広告代理店はクライアントが新しいアドテクツールを色々試したいと思っていることを認識していないと思います。また、広告代理店の立場ではリスクがあることですが、それらのツールで結果を出す必要もあります。一方で、広告代理店は主導権を握ることに力を入れ過ぎだと思います。

 

広告代理店は、特にアジアのアドテク市場について、様々な視点を反映させたホワイトペーパーや記事を発表するなどリーダーシップについてもっと良い成果を出すことができるはずです。ヨーロッパや米国の広告代理店に比べると、その点はまだ足りないと感じます。

 

広告代理店の役割は何百ものアドテクツールを吟味し、クライアントのニーズに基づいて重要なツールを選び出すことだと思います。広告代理店、アドテクベンダー、ブランドは協力して、必要なテストやサービス展開のロードマップなどの詳細をつめていくべきです。

 

- パフォーマンス・マーケティングに特に力を入れているようですが、そこで直面している難しさをいくつかお話いただけますか?

そのほとんどは、ディスプレイ広告が期待通りの効果を発揮しているのか、効果を過大評価していないか、といったことに関連したものです。いつも、その広告が人の行動に影響を与えることが出来たか、もしくはたまたま適切なタイミングで適切な場所に広告を出せて結果につながっただけなのか、ということを考えています。

 

最近、マルチタッチアトリビューションを導入し、クロスデバイスの影響を見ているところです。まだ早期の段階ではありますが、評価を行いメディアバイイングにどう効果的に応用できるかを考えています。

 

そのほかのアジアにおける大きな課題は、アジアならではの特性と、アジアに非常に多くの市場が存在することが挙げられます。パフォーマンス・マーケティングは効率性がすべてです。存在感を示したい複数の市場でメディアのバイイングを行わなければならず、結果として相当な予算があったとしても、様々なアジアの市場とパブリッシャーの間に入っていこうとするとコストがかなりかかります。そして、交渉力を失っていくのです。

 

私たちはアジアの30の異なる市場でバイイングを行うことになるので、この問題はなかなかなくならないでしょう。マーケティングにかける費用を増やしても、この状況を変えるには全然足りません。

 

さらに、言葉の問題があります。現地のニュアンスを理解し、中国や韓国などの市場でより良い取引を行うために様々なパブリッシャーとの関係を構築する必要があります。エクスチェンジとプログラマティックでこれらが少し軽減すればよいのですが、まだ数年はかかるでしょう。こうした問題は、バイイングがしやすいシンガポール、香港、オーストラリア、日本などの一部の成熟した市場では減りつつあります。

 

- これは次の質問につながるのですが、アドテク業界がもっと理解すべきアジアパシフィックのマーケターの特徴とは何でしょうか?

それは私たちの予算が本当に少ないことです!パブリッシャーはそれを理解すべきです。先ほど説明したように、アジアには様々な市場があります。市場がたくさんあるので、アジアパシフィックは難しい地域だと思います。

 

考えてみてください。グローバルな複合企業の各地域の責任者が同じマーケティング予算を与えられたとしたら、アジアが一番大変なポジションです。様々な言語が存在するので、言語がひとつだけの地域と比べてより費用がかかります。ところが実際は、理由は様々ですがアジアパシフィック地域は米国やヨーロッパよりもマーケティング予算を減らされることが多く、予算の問題は更に大きくなります。この地域のパブリッシャーはそのことをきちんと理解する必要があります。

 

また、アジア全体の全ての市場で優れた広告代理店を見つけるのは難しく、地域責任者として様々な市場を管理していると、どの市場でも有力な広告代理店は多くはないと気づきます。結果として複数の広告代理店とやりとりをする必要が出てくるのです。

 

 

 

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長  

慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。

国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。

2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。