Appleのパイ(広告)の一切れ
モバイル広告プラットフォーム会社であるOpera Mediaworksの欧州・中近東・アジア戦略担当取締役であるベン・ダイモンド氏。同氏が、広告部門におけるApple Newsのリリースや、同社のその他の動きが業界にとって意味することを議論している。
Condé Nast、Hearst、The Guardianのような大手パブリッシャーに対し、新たなコンテンツ発信の場を提供することにより、Appleはその収入源を「iAd」広告プラットフォームへと転換することを望んでいる。
Appleは昨年末、プログラマティック・バイイングをiAdにもたらすことにより、その広告ゲームを強化した。Apple Newsは、パブリッシャーに対して、コンテンツが消費される環境で補完的な広告枠の購入を促すことで、Appleに追加収入をもたらす方法のように見える。
パブリッシャーが直面する脅威
Facebook、Google、そしてAppleのコンテンツプロバイダーとしての影響力は、多くのデジタルパブリッシャーを不快にさせてきた。パブリッシャーの多くは、その無料コンテンツを支えるために広告収入に頼ってきた。しかし、シリコンバレーのハイテク企業がもたらす革新は、消費者がニュースを消費する方法までを変え、パブリッシャーは新しいビジネスモデルを試行せざるを得なくなってきている。
イギリスのMurdoch’s Newsのように有料コンテンツに取り組むパブリッシャーもあれば、The Guardianのように、よりシェアされるコンテンツを作ることでFacebookの「いいね!」などに歩み寄り、流行に乗ったパブリッシャーもある。
FacebookのInstant Articlesや、AppleのApple Newsアプリのようなサービスの存在は、既存のパブリッシャーから資産を奪う脅威に留まらず、「オープンなインターネット」というコンセプト自体を損うものである。彼らには、そのコンテンツが豊富なプラットフォームやアプリにユーザーを留まらせ、ユーザーデータを囲い込む独擅場を築いているとして非難が集まっている。また、彼らの広告ネットワーク上の第三者による活動を制限することで、これら企業の自主的な広告技術の開発を抑圧し、広告主による広告枠購買の自由を奪っているという更なる懸念もある。
Apple News
iAdによるAppleの広告ビジネスは、昨年は4億8,700万ドルと同社ビジネスのごく一部分だった。同社の2014年の収入のわずか0.3%である。これに対し、GoogleとFacebookは、それぞれ596億ドルと115億ドルである。
Appleがその広告ビジネス強化に動いていることは明らかだ。多くの人々は、プログラマティックに販売するという決定が、iAdにとって救いの手になるだろうと考えた。それは技術を宣伝するだけでなく、Appleの高付加価値なiTunesの顧客データに広告枠購入者がアクセスすることを許可するものでもあった。しかし、現状の1%をはるかに下回る広告収入では、Appleがシリコンバレーの競合に追いつく道のりはまだ長い。
プログラマティックへの移行は、iOS 9の広告ブロック機能に関する発表へと続いた。この動きは、ブラウザー内の広告展開を制限するため、パブリッシャーと広告主双方の広告収入の首を絞める可能性がある。
Appleの描く理想のシナリオを想像することは容易である。同社のすべてのユーザーが、日々のニュースをApple News経由で取得し、そのため広告主がApple Newsで広告を展開するようになるというものである。しかし、その成否はユーザーに依存しており、ユーザーがその行動の制御を許し、単一の情報源でのニュース消費に満足するかにかかっている。FacebookやGoogleによるコンテンツ分野への参入を見ていると、ユーザーとは移り気な存在で、彼らが時間を費やす場所は分散されたままのように見える。
多くのロイヤルユーザーを抱えるiPhoneとiPadの存在により、Appleは広告業界を揺るがすだけの大きなチャンスを得ている。しかし、いくつかの限界もある。iAdはiOS搭載のデバイスおよびiTunesのみで機能するが、誰もがiPhoneを持っている訳ではなく、現にAndroidは最も急速に成長し続けているオペレーティングシステムだ。それ故、Apple、GoogleやFacebookで進行中の開発がどこまで広告業界を変えるかは今のところ未知数である。
広告業界はこれまで完全には再構築されてはこなかった。Appleは常に自ら関心を向けた分野において革新を続けてきたが、FacebookやGoogleが支配する広告ビジネスにおいて、Appleが短期間で大きなインパクトをもたらす可能性は大きくはない。しかし、従来メディア(パブリッシャー)と広告業界は、世界で最も価値ある企業によるこの分野における動向にしっかりと目を光らせ続ける必要がある。
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。