レイヤーを超えて交錯するモバイル通信キャリアと大手インターネット広告企業
今年年明け早々、米国最大手の通信キャリアVerizon(ベライゾン)がAOLに対して買収また合弁会社の設立を持ちかけたという報道があった。VerizonのCEOはこの噂を否定しており真相は明らかではないが、米国最大手のモバイル通信キャリアが広告ビジネスへの進出に意欲を見せていることが明らかになった。
世界各国の通信キャリアがアドテク領域へ続々進出
過去数年間におけるグローバル市場において、大手通信キャリアによるアドテク領域への進出は着々と進んでいる。
世界中の多くの通信キャリアは、以前から広告事業部門を持っている。だがその多くは、通信キャリアが運営するポータルサイトのコンテンツ開発・運営支援や、サイト上の広告、メール広告やSNS広告などを企画販売するビジネスが主な機能であった。だが先の例に見られるように、近年はメディアの立ち位置から広告プラットフォームへと食指を動かしている。豊富な資金を元に、有力なアドテク企業を買収するという形で事業参入をしているのだ。
通信キャリアがアドテク企業を獲得し、広告ビジネスに参入するのは、ユーザーデータが競争力の鍵となる今後のデジタル広告ビジネスにおいて、自社が保有する膨大なユーザーデータを活用することで、大きなアドバンテージを得られる可能性があるからであろう。
シンガポールに拠点を置くSingtelは、2012年3月に米国シリコンバレーに拠点を置くモバイル広告プラットフォームamobeeを3億2100万ドルで買収した。SingTelの傘下に入ったamobeeは、2014年6月にAdconionとKonteraをそれぞれ1億5000万ドル、2億2500万ドルで買収し、東南アジア地域をはじめ、米国やオーストラリアなどにおける広告ビジネスの拡大と広告プラットフォームのマルチチャネル化を進めている。
ヨーロッパはどうだろうか。フランスに拠点を置くFrance Telecom(フランステレコム)傘下のモバイル通信キャリア Orange(オレンジ)が、2010年に欧州でアドエクスチェンジを開始。2012年10月にはAppNexusの基盤を使い、ヒスパニック系ユーザーを対象にしたアドエクスチェンジで米国市場に参入した。
2014年4月、スペインの大手通信キャリアグループのTelefonica(テレフォニカ)傘下にあるAXONIXが、モバイルアドエクスチェンジのMobclixを買収し、翌月これをセルフサービス型のモバイルアドエクスチェンジAXONIXとしてリローンチした。
議論が続く通信キャリアによる広告配信におけるユーザーデータの活用
一方で、通信キャリアユーザーデータの広告配信への活用にあたっては、プライバシー保護を前提とすること、ユーザーへの事前告知とオプトアウトオプションの明示、それ以前に社会的な理解を得るという手続きを忘れてはならないことを、改めて認識させられるニュースが今年1月に報じられた。
2015年1月16日、米国やヨーロッパなどでグローバル展開する大手DSP TurnがVerizonが提供するユーザークッキーデータの使用を2月以降中止することを表明した。
Verizonが提供していたのは、同社が数年前から広告主や広告会社に提供してきたUIDH(unique ID Header)と呼ばれる、ユーザー端末のWebブラウジングやアプリ利用の行動履歴をトラッキング出来るクッキーだ。
米国では、Verizonのこのクッキーは、実際にはユーザーがキャッシュの削除やオプトアウトをしても、その後も追跡をし続ける“Zonbie Cookie”(または“SuperCookie”)であると報じられていた。今年に入り、スタンフォード大学のコンピューターサイエンティストで法律家のJonathan Mayer氏がこの問題をブログで指摘し、PRO PUBLICAがこれを検証し報じた。
その後、Verizonはシステムを更新し、現在ユーザーは完全にオプトアウトすることが出来るようになった。この”Zombie Cookie″は過去にAT&Tも使用しており、サードパーティーにも提供していたが、昨年11月に中止している。
このように、米国においても通信キャリアによる広告配信におけるユーザーデータの活用に関するルールについては未だ様々な議論がなされており、デリケートな問題だ。
データ欲しさにGoogleも通信キャリア事業に参入?
とはいえ、通信キャリアによるデータを活用した広告ビジネスへの参入は、今後通信キャリアによる持続的な収益拡大の実現において必要な選択肢の一つであるということがうかがえる。
VerizonによるAOL買収提案報道から2週間が経った1月21日、Googleが携帯電話通信事業に参入するという報道があった。同社は、米国の通信キャリアSprintやT-Mobileの通信網を借り受けてサービスを提供するMVNOによるサービスを計画しているとのこと。Googleにとって、通信キャリアとして得られるユーザーの属性データや、位置情報データが大きな魅力であることは疑う余地もないだろう。
この動きは、広告会社がレイヤーをまたいで通信キャリア事業に参入し、垂直統合を図り、通信キャリアの基幹事業において直接的な競合となりつつあることを示している。通信キャリア側からすると、これに対抗して広告レイヤーに参入するという道筋はある意味基本的な考えとなろう。今後グローバルで展開する通信キャリアや国内キャリアが広告ビジネスとどう向き合い取り組んでいくのか注目される。
(編集:三橋 ゆか里)
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。