「ヘッダービディング、EBDAはサプライチェーン全体の構造変革」-CCIと業務提携のIndex Exchangeが日本市場にもたらすもの [インタビュー]
電通グループの株式会社サイバー・コミュニケーションズ(CCI)が、グローバル大手アドエクスチェンジであるIndex Exchangeとの業務提携を発表した。CCIはヘッダービディングへの対抗策と言われるEBDAや、北米や欧州の先進的な知見を日本市場に持ち込むという。その「先進的なノウハウ」の一端を知るため、5月に来日したIndexExchange社CEOに話を聞いた。 |
(聞き手:ExchangeWire Japan 長野雅俊)
デジタル広告取引が不透明になった経緯
― 自己紹介をお願いします。
Index Exchangeのプレジデント兼CEOのアンドリュー・カサーレと申します。当社はセルサイド支援を目的としたグローバル企業として、媒体社やその他のメディア向けにサービスを提供しています。
当社の注力領域の一つが「広告取引の透明化」です。透明性を確保するために、ビジネスモデルとベストプラクティスという2つの側面から留意しています。
ビジネスモデルの側面からは、アドエクスチェンジを通じた顧客の取引の過程をブラックボックス化しない、つまり目に見えない費用や利ざやをなくした環境作りです。アドエクスチェンジとは、詰まるところ、媒体社からインプレッションを預かり、そのインプレッションをDSPへと流す。そしてDSPからの応札があれば取引が成立するという仕組みです。当社では、文字通りこの流れの始めから終わりまでをガラス張りにしています。
ベストプラクティスに関しては、テクノロジー・ベンダーである我々から申し上げるのは奇妙に思われるかもしれませんが、特定のベンダー1社に依存しないことが媒体社にとっては重要です。とりわけヘッダービディング技術の誕生を受けて、特定社に依存するモデルは過去のものとなりつつあります。予め決められた優先度の高い順に広告枠を販売していく従来のウォーターフォールでは、媒体社は自社のマネタイズ業務を代行するベンダー1社を選択し、その後はそのベンダーに一任していました。このような状況では、ベンダーは必ずしも常に広告取引の透明性を確保してくれません。
そこで当社では、ベンダーを一つに絞って運命を託すのではなく、例えばヘッダービディングの利用などを通じて、自社のマーケット・プレイスを構築し、様々なベンダーを常時比較することを推奨しています。さらには媒体社がバイヤーやその他のプラットフォームに直接問い合わせることで、取引に関する数値に齟齬がないかを確認することも有効でしょう。
―「オンライン広告取引は本来的に不透明である」との前提に立ったお話のようにも聞こえます。
問題はアドテク業界が形成されるまでの経緯にあります。この業界は、2007年以降にベンチャー・キャピタルによる投機的な動きを受けて著しく成長しました。
世の中のデジタル化が進むにつれ、広告予算がデジタル広告に割かれるようになり、かつ取引が自動化されれば、多額のお金がデジタル広告プラットフォームに流れる。ならば、そのプラットフォームを構築することで、多額の手数料を得られるのではないかと当時の投資家たちは考えました。だから何百ものデジタル広告プラットフォームが雨後の筍のように生まれていったのです。
そして多くのアドテク企業が、投資家にできるだけ早期にかつ多くの利益を還元しようと躍起になるあまり、本当の意味での価値創出には無関心になっていった。つまり短期的な利益への執着が、広告取引を不透明にした一番の理由です。
当社は、アドテク市場が投機に沸く前の2001年に創業しました。そして独立した非上場の企業なので、ベンチャー・キャピタルや株主の顔色を伺う必要がありません。長期的な視点から事業を運営することができます。
また当社に限らず、顧客の利益を確保できないビジネスモデルなど長くは続きません。アドテク市場が成熟していくにつれ、長期的な視野を持つ企業が少しずつ増加し、市場の透明性も段々と確保されるようになってくるとは思います。
ヘッダービディングは単なる新技術ではない
― ヘッダービディングに関する世界または日本の状況についてお聞かせください。
米国では主要100媒体の9割以上が、「ヘッダービディング」と総称される、S2S(Server to Server)接続やGoogleのExchange Biddingを含めたソリューションを導入しています。日本の導入状況を示す正確なデータは持ち合わせていませんが、印象としては、導入したばかりまたは導入に向けての検討を始めたばかりという段階の媒体社が多く、今でも従来のウォーターフォールを採用しているところが多いのではないでしょうか。
― 日米間でそれだけのタイムラグがあるのですね。
米国でヘッダービディングが騒がれるようになってから既に数年が経過しましたが、実のところ、その数年間は技術的な課題が噴出しており、言わば発展途上の段階にありました。市場の評価に耐えられるだけのレベルに達したのはごく最近のことです。その意味で、日本市場は混乱やトラブルに満ちた時期を賢明に回避し、最良のタイミングでヘッダービディングを導入できるとの見方もできます。
― 米国市場ほどの規模ではプログラマティック広告取引が行われていないことからオークションプレッシャーがかからないとの理由で、日本市場ではヘッダービディングがそれほど機能しないのではないかと指摘する声もあります。
「主要媒体の9割がヘッダービディングを導入している」というのは、何も米国に限った話ではありません、英国、カナダ、フランスやイタリアも同じような状況です。だからウォーターフォールからヘッダービディングへの移行は、グローバルな現象であると思います。
ヘッダービディングは単なる新技術ではない。サプライチェーン全体の構造変革なのです。ベンダーが1社しか存在しないのであれば、そもそも競争が生まれる余地がないので、ウォーターフォールとヘッダービディングに違いはないでしょう。ただ少なくともベンダーが2社以上あれば、ヘッダービディングでは競争入札が行われることになるので、媒体社の収益はほぼ例外なく向上すると思います。
―「ウォーターフォールをきちんと設計していた媒体社は、ヘッダービディングの恩恵をあまり受けることができない」との見方についてはどう思いますか。
確かに今までウォーターフォールの設計にあまり配慮していなかった媒体社の方が、ヘッダービディングへの移行によるメリットはやや大きいかもしれません。ただどれだけ既存のウォーターフォール構造がよくできたものだとしても、「異なるベンダーを一斉に競わせる」という環境をつくることはできません。非常に洗練されたウォーターフォールを設計している媒体社でも、ヘッダービディングへの移行を通じて明らかな収益改善が見られるはずです。
ヘッダービディングが機能しない理由とは
― それでは「ヘッダービディングを試してみたけど収益は改善しなかった」という媒体社が実際に存在するのはなぜでしょう。媒体社の種類によって、ヘッダービディングが機能するか否かが変わるのでしょうか。
既に申し上げた通り、ヘッダービディングとは、特定ベンダー一社のみではなく、複数のベンダーに一斉に応札させることで、流動性と広告枠の価格を高めるという仕組みです。この仕組みは、あらゆる種類の媒体社に適用されます。だからヘッダービディングが機能しないとすれば、それは媒体社の特性によるものではなく、ヘッダービディングの実装がきちんとできていない可能性があります。
いくつか例を挙げましょう。ヘッダービディングと呼ばれる技術には様々な形態がありますが、例えばウェブページのHTMLに導入するコンテナ方式の設定作業はやや複雑で、実装の段階でミスが生じることがあります。
比喩的に表現すると、「徒競走に負けてしまう」という状態です。ヘッダービディングは、ウェブページがある特定のルートから広告に関する情報を読み込もう(レンダリング)としている最中に、大急ぎで別ルートから応札する買い手を見つけるよう指令を出します。ただし、ページの読み込みより、ヘッダービディングの動きが遅かったらどうなるか。ヘッダービディングがより良い応札者を見つけても、間に合わないのです。つまり、ヘッダービディングが全く機能していない。この問題を解決するのは実は結構難しく、タイミング設定などを調整し直す必要があります。
また古いアドサーバーを利用しているときにも問題が生じます。静的なルールには対応できても、応札価格などの動的な情報を適切に処理できないからです。この問題を解決するためには、アドサーバーを変更しなければなりませんが、当然のことながら、媒体社にとっては負担となります。応札価格を動的に反映するアドサーバーの構築には、ラインアイテム(個別の広告と各々の関連条件)の構成を変更するなどの作業が生じるからです。
― ヘッダービディングに関しては、データ漏洩についての懸念も指摘されています。
実のところ、ウォーターフォールにおいてもデータ漏洩に関する懸念は生じていました。データをきちんと保護できないベンダーと接続した場合、データが漏洩する危険性の度合いはウォーターフォールでもヘッダービディングでも変わりません。「ウォーターフォールは安全」という考えこそ誤解に基づいたものです。
データ漏洩に関する一番の問題は、競争入札の方式ではなく、広告のクリエイティブにあります。クリエイティブがページに表示された際にデータ漏洩が発生するからです。
当社では自社システム、そのセキュリティ設定、及び人間という3要素以外の何かが行った、クリエイティブに対するあらゆるコードの埋め込みを禁じています。また当社ではクリエイティブの特性についての詳細なデータがあるので、どのようなコードがどんな働きをするのかを把握しており、データ収集に使われるようなコードは広告クリエイティブが読み込まれる前に除去することができます。
媒体社側からの防御策としては、「信頼できるパートナーを選ぶ」の一言に尽きるでしょう。
複数のベンダーを競わせることに意味がある
― ヘッダービディング・ソリューション提供企業としての貴社の差別化要因を教えてください。
ヘッダービディングの提供事業者は大きく2種類に分かれます。一つは、Amazon、Facebook、Criteoといった独自のデマンドを持つもの。もう一つは、当社に加えて、Rubicon Project、Pubmatic、AppNexusといった、より広範囲な領域を対象とする一般的なアドエクスチェンジです。
そして当社は、サプライサイドのアドエクスチェンジであり、DSPとも接続。ヘッダービディングを適切に実装するためのノウハウがあり、広告収益に悪影響をもたらすレイテンシー(広告の読み込み遅延)を最小限にするために自社管理のデータセンターを有しているなどの特徴があります。
ただこういった説明よりも、実際にご利用いただき、他の事業者と比較した結果で評価してもらいたい。我々は「競争と選択」を重んじています。だから媒体社にも独占契約ではなく、複数のベンダーと合わせて比較検討することをお勧めしています。とりわけヘッダービディングは、複数のベンダーを競わせることで初めて意味を持つソリューションです。実際に、多くの媒体社は5、6種類のヘッダービディング・ソリューションを併用しています。
― ヘッダービディングは、Google社が提供するアドサーバーであるDFP(DoubleClick for Publisher)に対抗して誕生したという側面があります。そのGoogle自身が今では独自のヘッダービディングであるEBDA(Exchange Bidding in Dynamic Allocation)を提供するようになりました。貴社はEBDAとも接続していますが、自社ソリューションとEBDAをどのように区別しているのでしょうか。
当社は、ヘッダービディングに関してどのチャネルを利用するべきかと媒体社に対してアドバイスできる立場にありません。実際に各社のソリューションを試してみた結果を比較することで判断していただきたいと考えています。ただ一般論として、媒体社の大多数は当社のような事業者のヘッダービディングとEBDAを併用しているようです。
― ヘッダービディング技術は今後どのように発展していく見通しですか。
ウォーターフォールからヘッダービディングへの移行はほぼ不可逆的な動きだと思います。あまりに当たり前の存在になり、やがては「ヘッダービディング」という呼称さえなくなるかもしれません。逆に言えば、ヘッダービディング技術を持つこと自体はいずれ当社の強みではなくなるでしょう。
当社としては、入札リクエストの価値を高めることに今後注力していく予定です。とりわけアドレサビリティ(ユーザーごとに適したアプローチを可能とするメカニズム)についての理解を深めたいと考えています。
現在のプログラマティック取引は、cookieとデバイスIDに依存しています。一方で、現在成長している「ウォールド・ガーデン」と表現されるようなプラットフォームは「人ベース」のデータを扱っています。そこで我々も、この「人ベース」の技術の基本となる特定型の識別子を活用した仕組みを構築していく予定です。
― CCIとの事業提携についてお聞かせください。
CCIのように、市場を理解し、媒体社を理解し、様々な課題の解決法を知っている企業と提携できることをうれしく思います。当社は日本市場について今後学んでいく必要があると同時に、当社も日本市場に対して提供できる知識と価値を持っていると信じています。必ずしもヘッダービディング導入初日から良い結果が出るわけではありません。当社が持つ知見を伝えていくことで、日本の媒体社のお役に立つことができたらと願っています。
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。